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僕を葬る

 先週見たフランス映画「僕を葬る」(ぼくをおくる)の感動が頭から離れない。フランソワ・オゾン監督は今回、人の死をテーマに素晴らしい映画を作ってくれた。


 余命3ヶ月と告げられた31歳の若きフォトグラファーが最期の日を迎えるまでの話である。先の日記にも書いたが「空の巣症候群」の私は、最近年をとったのか、死についても深く考えるようになっていた。「自分がこの世に存在する理由は?」などと、考えてもどうにもならないことに悩んでいる。


 死への恐怖でパニックになる主人公なのだが、いざその日を迎えると、彼は冷静に自分を見つめ、淡々と死への準備を始める。死はある意味では、生が存在するがゆえ起こり得るものである。つまり死もまた生の一部であり、死すこと自体が生きている証しとなりえる。死である最期の生の瞬間を迎えた時、人はやっと自分だけの本当の生を手に入れ、受け止める。それはある種の至福の時間ですらあると、この作品が物語っている。


 南仏の海辺でその時を迎える主人公は一滴の涙を流し、ひっそりと息絶えていく。人が三々五々と散っていく夕刻の海岸。そこに横たわる彼の体は微動だにしない。陽が完全に落ち、夜の帳に海岸が包まれる頃になっても、彼の体だけが動かない。打ち寄せる静かな波の音が聞こえる。海岸に横たわる彼のシルエットだけが静かに浮き上がっていく。


 見事なエンディングだ。


 死をテーマに扱いながらも、この映画は決して暗くない。見終えた時には実にすがすがしい気分にさせ、明日への力強いパワーさえ与えてくれる。私の良い映画の定義は、結末がどんなに悲惨で暗かろうが、それでいながら元気になれる映画である。そんな良い作品にまた出会えたようだ。

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ディープインパクトはただもんじゃない! | Home | 空の巣症候群

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