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幻想の「アラブの春」~エジプト






アマランテピラミッズ
ステイした「アマランテピラミッズ」ホテル

失業者が行き交う
失業者が行きかうカイロの町

絨毯工場で働く少女
絨毯工場で働く少女。指先は絹糸で傷だらけだった。

2月に行ったエジプトが、また激化している。



先のブログで私は、エジプトの表の顔を書き連ね、実はエジプトにはもう一つの裏の顔があったことを記した。いまこそ、それを書く気になれた。

アラブの春から2年たったエジプトを旅して、まだ5か月しかたっていない。目的は、もちろんピラミッドやツタンカーメンを見ることだったが、一番の目的は「アラブの春」後のエジプトの様子が知りたかった。

初めてアフリカに来れた高揚感で胸がいっぱいになり、私は浮かれていた。しかし、町中の至る所に貼られていた新大統領ムルシの写真に、妙な違和感を感じていた。旧ムバラク軍事政権の崩壊から、エジプトは民主化が進んでいるとばかり思っていた。その立役者がムルシ大統領であることは間違いない。

にも関わらず、町を歩けば、水パイプを吸って暇を持て余した失業者があふれ、道路の脇には山積みのゴミ。それを回収する車など、旅行中、一度も目にしなかった。
                                               
観光名所のキザの三大ピラミッドやスフインクスでも、観光客が少ないことに驚いていた。観光客目当ての食堂は閑古鳥が鳴き、日本人旅行者で昼食を食べているのは私くらいだった。

この頃、外務省からエジプトは海外渡航禁止区域となっていたのも、小規模ながら、ムルシ政権に反発するデモが行われ、それによって観光客は激減していた。

2年前のあの政府がひっくり返った民主化運動が本当に「アラブの春」なのかと、実は目を疑っていた。

ステイしたホテルは、一応5つ星ホテルとランクされ、コロニアル風の洒落たエクステリアで、中庭にはプールも完備されていた。インテリアが充実しいる部屋は広く、テラスに出るとホテルが一望できる素敵な部屋だった。

しかし、到着したその夜に、突然ホテル内が真っ暗になった。停電なのだ

私は、海外のホテルで停電を初めて経験した。エレベーターが突然止まり、冷蔵庫、エアコンも切れ、部屋は真っ暗になった。ちょっと怖かった。エネルギー不足のための停電だった。民家ならわかるが、一流ホテルでも停電なんて…。

「これが本当にアラブの春なのか?」と、またも思っていた。

その不安が、5か月後に的中した。

今、エジプトはムルシ政権への不満が爆発し、ムルシ大統領独断と不信のデモの数は20万人にも上るという。さらに拡大の恐れがあるだろう。
ムバラクが失脚しても、エジプトの失業率者は増え続け、エネルギー不足でガソリンは高騰、物価だってうなぎ上りだという。

現地を案内してくれたガイドさんはカイロ大学卒業し、日本に留学の経験もある。日本人以上に日本を知り、日本語の流暢さったらなかった。エジプトの歴史の深い部分まで説明してくれ、まるで、大学でエジプトの歴史を学んでいるみたいに為になった。しかし、彼は私の案内の仕事が終わると、3か月後までガイドの仕事はないという。こんな優秀な人材でさえ、仕事がないのだから、一般の人の雇用なんてあるわけないと思った。

カイロではいろいろな人に会った。写真はステイしたホテル。

もう一枚は絨毯工房で観光客相手にその絨毯折の技術を見せる少女。
澄んだ瞳の美しいい顔、繊細な手先で編みこむ絹糸。見ると彼女の指先は編みこむ糸で何か所も切れ、傷だらけだった。

その姿に感動しているのもつかの間、この少女が私にたどたどしい日本語で「センエンちょうだい」と、悲しそうに、ひっそりと言った。

今、エジプトは失業者がさらに増え、物価は上昇。国民の阿鼻叫喚が日本にいる私まで聞こえてくる。

カイロはやはり、「アラブの春」ではなかった。

キューバのことわざに「百冊の本を読むより一人の人間に会え」とあるが、今のエジプトの情勢を見て、本当に旅してきてよかったと思うのだ。
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