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個性の違ったもの同志が醸し出す新たなエネルギー(対談 武豊騎手と作家・吉岡忍氏)

型にはまるのがどうも好きになれない。既成概念で人を語るのは特に大嫌いだ。

競馬、映画、音楽においても、その道の評論家の話は綿密に研究され、ためにはなるのだが、机上の論理とでも言うのだろうか、どうも心に余韻が残らない。
 
 映画を例に取れば、今まで映画評論家と名乗る人の映画評で本当に感動したものは無かったようだ。しかし、作家が映画を語ると、その既成概念がまるっきり取っ払われ、その人の生きてきた人生感が込められたり、独特の感性がリリーフされ、作品そのものにさらなる強い生命力を与えてくれる。その代表が作家の沢木耕太郎だ。映画評論家の映画評がデッサンなら、沢木耕太郎の映画評は、様々な色が配色された印象派絵画のような感じがする。
 
 競馬も同じで、競馬評論家の話はどこかに既成概念が働き、どこかで一度は聞いたような話ばかりで、それもまた心に余韻が残らない。
 
 そんなことをいつも思っていたら、作家の吉岡忍さんから一冊の冊子が届いた。新幹線のグリーン車のお客用のために設置された月刊誌「ひととき」だ。私は情けないことにグリーン車に一度も乗ったことがないので、この雑誌を目にするのは初めてだった。

 付箋の貼られたページをめくると、驚嘆した。「時を動かす人」というタイトルで、吉岡さんが武豊騎手と対談している。対談だけではなく、騎手・武豊の人物論もコラボレートされた異色のルポルタージュである。個人情報保護法案、イラク戦争、教育問題と、競馬から対極的なポジションにいる吉岡さんが武豊と対談しているのも、なんだか妙な感じであった。
 
 のっけは高知競馬場のハルウララ騎乗の話がいきなり飛びこんで来る。ハルウララ騎乗で完敗。「暖かい拍手の嵐。これが競馬?という思いはあります」と武豊。「負けても拍手、というのは彼の勝負感に合ってないらしい」と吉岡さんの鋭い分析。そして、高知競馬場からアメリカ、フランス、イギリス、ドバイとヴィビットに話が飛ぶ。ヨーロッパとアメリカの競馬の相違点で対談は佳境に入る。世界中を飛び回って世界情勢をリポートする吉岡さんと世界中の競馬場を飛び回っている、いや、乗りまくっている武豊騎手。この全くアンバランスな両者のマッチレースは見ものだ。個性の違ったもの同志が共感しあい、刺激しあい、新たなエネルギーになって競馬が語られていく。

 ヨーロッパの競馬は馬主主体型、競馬は馬主だけの競い合いであって、観客は無用論。アメリカの競馬はスポーツで、ビジネスとしての仕組みがきちっとしている。日本の競馬はアメリカ型に近い。

 「日本の競馬はスポーツとして成熟できるか。武豊はそこに日本の競馬が生き延び、発展していくキーを見ているようだ」と吉岡さんの説得力のある締め。

最終章の武豊の強烈な締めは「勝つことこそが美しい」。

これこそ競馬の原点でもあり、スポーツの原点でもある。

 共に結論は実にシンプルだ。しかし、「勝つことこそ美しい」というシンプルな結論に淘汰するまでの、吉岡さんと武豊騎手の対談の内容の深さは、今まで一度も聞いたことのないような新鮮なものだった。
競馬評論家の競馬論がデッサンなら、吉岡忍さんの競馬論は様々な色が配色された印象派絵画のようであった。

 ここでまた、同じ事を思った。
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