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節電の効果

夜6時20分から10時までの計画停電を初めて経験した。

懐中電灯、子供の誕生日に使っていたろうそくと明かりを出すものはそれほど多くなかったが、食卓のテーブルに並べた。

もちろん、電気が来なければご飯の支度もできないと思い、この日は、「すき屋」で家族分の牛丼を買っておいた。

6時20分を回った頃、家族から「停電になった?」と連絡あったが、まだ電気は点いていた。それから30分後に突然、本当に突然に「ぴしゃっ」と消えた。

一瞬びびった。外も真っ暗なので、本当に何も見えないのだ。用意してあった懐中電灯を手探りで探し、点けると、その明かりがどれだけありがたいかと痛感した。

私の子供の頃は、台風や落雷で停電することはしょっちゅうあったが、思えば、もう50年間はこんな大規模な停電を経験していないことを思い出した。

ろうそくに火をつける。ゆらゆらとまったりとした炎が部屋に暖かさを与えてくれた。ありがたかった。

娘が帰宅し、居間に来ると

「わーっ、ママ、本当に真っ暗なんだね。こんなこと初めてだよ」と、驚いていた。娘がこんな不安そうな顔をするのも初めてみた。

「被災地の人はあの3月11日の午後2時46分から、ずっと、ずっと、毎日、こんな真っ暗の中で生きているんだよね。計画停電は3時間くらいで終わるけど、電気も水もガスもない所で、10日以上も飢えと寒さに闘っているんだよね。まだまだママやウチラは幸せだよね。明日からもっと節電しようね」」

娘がうっすら涙を流しながら言った。懐中電灯一個とろうそくの炎の明かりだけで、母と娘は牛丼を食べた。「被災地の人に早く暖かい牛丼を食べさせてあげられたらいいね」と、食べるのを悪がるようにして娘は箸をつけていた。

いつも行くスーパー、デパートも照明を落としているけど、ちっとも不自由しない。むしろ、あの明るさは一体なんだったんだろうか?と疑問にさえ思えてきた。仄暗い町の風景は、照明を落とすことによって、さらに綺麗に映し出されていた。

これから、私たちは生きるための電気を確保していかなければならない。それが、いつまで続くかわからない。当たり前にあると思った電気君、お水君、ガス君を大切に大切に使っていってあげることこそ、未曾有の大災害にあった私たち人間としての矜持ではないだろうか。
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