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戦争証跡博物館~ホーチミン

メコン川を泳いで逃げる母子
(日本人戦場カメラマン故・沢田教一氏がピューリッツァ賞を受賞した「安全への逃避」。沢田教一さんは34歳の若さで戦場でその命を散らした)


戦争証跡博物館の全景
(戦争証跡博物館の全景)


戦争証跡館前の戦車
(戦争証跡博物館の前に陳列された戦車。観光名所になっているものの、こういった博物館に世界の人々が訪れることは素晴らしいことである)




1975年4月30日、約10年にわたり、南北ベトナムで凄惨な戦争を繰り返していたベトナム戦争が終結した。

この戦争の犠牲者の80パーセントが全てベトナムの農民であったこと、そして、未だにあの戦争の傷跡を心に抱えて生きている元米兵たちも犠牲者の一人に違いない。

そのベトナム戦争の貴重な資料を保存してあるのが、ホーチミンのメインストーリト・ドンコイ通りにある「戦争証跡博物館」である。

私が一番行きたかった場所である。

というのも、館内に展示されている、ベトナム戦争を撮り続けた故・沢田教一氏や枯葉剤の悲劇をリアルにお撮りになった石川文洋氏の写真が絶対に見たかったからである。

日本では何度か拝見していたが、戦争の中心となったホーチミン(いえ、サイゴンと言いたい)で、彼らの写真を絶対に見てみたかった。

沢田教一氏の銃弾を避けながらメコン川を渡る母と子供たちを捉えた写真「安全への逃避」はピューリッツァ賞を受賞した。

戦争の現場となった現地で拝見した瞬間、私は感極まって、涙が流れてしまった。鑑賞していた世界中の観光客がこの写真の前で立ち止ませり、うっすらと涙を浮かべていた。

幸いなことに、この母子は無事に逃げることができたという。

戦争の犠牲者はいつでも庶民、そして、力ない母親と子供たちなのである。

これだけ経済が発展し、これだけ勢いがあるベトナムでもあるが、この戦争の傷跡は永遠に消えることはないのだろう。






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コメント

悲しいお写真

マリリンさん 初めまして 私も戦争証跡博物館でこのお写真を見ました。枯葉剤の被害者の写真も見ました。大学二年生なのでベトナムに戦争があったことは世界史の教科書でしか分かりませんでした。アオザイを買ったり エステに行ったりの女子のベトナム旅行でしたが この写真には涙が出ました。 日付を見るとマリリンさんと同じ頃に私もこの場所にいました。すれ違ったかもしりませんね。

2011/02/14 (Mon) 07:41 | タラ #- | URL | 編集
コメントありがとうございます!

タラさま

コメントありがとうございます!女子大学生さんからのコメントに、とてもうれしく思っております。

そして、戦争証跡は博物館に同じ時期にいらしたとは…。

すごくこれもうれしかったです!

きっと、すれ違っていたかもしれませんね。

今やベトナムの勢いはすごいですよね。しかし、この勢いの原点には、、あの悪夢のベトナム戦争が過去にあったという事実。これは絶対に歴史から消えないでしょうね。

タラさんのような若い女性が、何かを感じてくれて、とてもうれしいです。

タラ

2011/02/18 (Fri) 18:19 | マリリン #- | URL | 編集

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