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ハルウララ

上海の思い出を残しておくつもりが、時間がたってしまったら記憶が薄れてしまった。御嬢さんが上海に住んでいらっしゃる読者の方から、マリリン流のおもしろおかしい上海話の続編が読みたいというメールが届いて、実現できなくて心苦しく思っている。映画も同じで、新作映画を毎日のように見ていると、心に残る間もなく次の試写室に駆け込む。まるで工場で働く「モダンタイムス」のチャップリンのような心境だ。見るべきテーマが多いと人は次々と過去を忘れていく。昔はそんなことは感じなかったが、多分これは私が年を取ったせいかもしれない。年とともに喜怒哀楽、つまり感動が薄れてきているのだ。怒りや悲しみも強烈でなくなった代わりに、喜びや楽しみも強烈でなくなった。これではいけない。かと言ってこれが寄る年波ならば、それはそれで素直に認めなければならないしなー。

 ハルウララもそんなテーマの一つになって欲しくないので、今ここに書き残しておこう。

 ハルウララが高知競馬場から消えたというニュースに真っ先に反応したのは、全く競馬に興味がなかったが、ハルウララの登場で競走馬が競馬場が大好きになったという女友達の数人である。競馬エッセイを出版した私に聞けば、競馬のことならなんでも分かると思ってくれるのはうれしいが、私は厩舎や馬産地を取材したりするライターではない。だからこのあたりの事情は全く分からない。競馬は競馬でも拙著「競馬場のマリリン」は、30年間に渡る中山競馬場の発売窓口から見たお客の風景、世相、その時代に活躍した競走馬を綴ったエッセイだ。そこにはレースの展開も時計、調教師、馬主ましてや厩舎の風景などは全く出てこない。

 ハルウララが衰退する地方競馬・高知競馬場の救世主であることは知っていても、「負けてヒーロー、ヒロインになる馬」の存在に私はなんの関心も抱いてなかった。私はハイセイコーが国民的現象になった73年に中山競馬場でアルバイトを始めた。オイルショックのあおりを受け、狂乱インフレに庶民が怒り狂っていた時代だ。あの時代の競馬ファンは今と全く違っていた。競馬場には女性はおろか、家族連れ、カップルなんかまるっきりいなかった。キッタない作業服に身を包んだ欲の皮の突っ張ったオッサンが、目をギラつかせ、朝から酒の臭いをぷんぷんさせ馬券を買いにきていた。小指のないヤーサンもよく買いにきていた。最近競馬ファンになった人には想像を絶するようなかなりヤバイ所だった。それは拙著にも書いてある。
 
 しかし、しかし、ハイセイコーが競馬場の客層を変えてしまったのだ。地方競馬・大井競馬場出身のこの怪物は、中央のエリート馬を打ちのめし、見る見る大スターになって行った。どんなに貧しくても辛くても、人はがんばれば中央に登ることができる。そんなサクセスストーリーに庶民は涙を流した。「競馬場は競馬ファンだけでなく、家族連れ、カップルのオアシスとなった」と映画「シービスケット」のパンフレットにも書いたが「シービスケット」もまたハイセイコーと同じ現象であったはずだ。

 「負けても負けても勝つ」これこそ競走馬であると私は信じていたので、ハルウララには何の興味もなかったし、情報を得ようともしなかった。だが、全く競馬を知らない私の友人たちがこれほどハルウララを心配してるのだから、ある意味ではハルウララもスターホースなのかも知れない。パラドックスのスターホースなのかもしれない。

 「ハルウララが高知競馬場からいなくなったみたいよ。馬主が連れ出して、今は那須にいるみたいよ。」と友達に話すと、「そんなことは知ってるわよ!これからハルウララはどうなるの?そのことを聞きたいの?あなた競馬に詳しいでしょ?」イラついた様子で私を責める。「そんなことぐらいしか、私しゃ、知らねっつーの!!競馬本出したからって、競馬の博士でもなんでもねっつーの!もっと詳しい人に聞けばいいじゃん!」私もテンションが上がってきた。あきれた友達は「もう、いい、あなたには聞かないわよ!ふんっ!あなたって競馬の本出しても何にも知らないのね!」こう捨て台詞をはいて、友達は電話を切った。

 ムカーっ!なんで私が怒られなければなんないのよ!全く!

でも、でも、ハルウララにこれだけ興味を持っている人が現実にいるんだという事実に、改めて驚いていた。

 高知競馬場で育てられたハルウララ。
話は別種だが、1月10日、千明牧場のシービークインが亡くなった。20年もシービークインの世話をしていた牧場の管理者の安藤さんは、クインが天寿を全うしたとはいえ、その寂しさで1ヶ月ほど寝込んだそうだ。私は馬じゃないので、馬の気持ちは一生かかっても分からないが、ハルウララも、多分、長年面倒見てくれた人の元に帰りたいんじゃないかな…。どうだろ?
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タップダンスシチー、パリの灯は遠く… | Home | 上海帰りのマリリン

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