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ランディ・ローズは永遠!

ランディに捧げる

「トリビュート~ランディ・ローズに捧ぐ(オジー・オズボーン)」

ランディ

「ランディ・ローズは永遠です」

3月19日。

今日は偉大なギタリスト、ランディ・ローズの27回目の命日だ。マリリンサイトのヘビメタハードロックのコーナーでも執筆したランディ・ローズの追悼文を、生きる活力を与えてくれたランディに捧げ、偲びたい。

            
            「最終出口が見えなくなった時」       瀧澤陽子

 

 1980年。身も心も捧げていたレッド・ツエッペリンが解散して以来、私は優に15年間ロックから離れていた。聴こうとすれば、いつでもロックはすぐ手に届くところにあった。ラジオのFMやFENにチャンネルを合わせれば、いつだってロックミュージックは流れて来る。
 
 だが、私は決して聴こうとはしなかった。いや、聴くのが怖かった。ロックを聴く事によって、当時の自分の心の均衡と生活が乱されるのが不安だった。ダムが全壊して、濁流が街を飲み込み、全てが見るも無残に流されてしまうような、そんな怖さだった。
 
 当時、私は妻であり、母親であった。フリーライター稼業を辞めて、専業主婦の道を選んだのは、今でも決して後悔はしていない。マスメディアという、とてつもない巨大で慌しい世界から一変して、家庭というとてつもない狭く緩やかな世界で生きるのは、それはそれで、心が和み、充実さえしていた。良き母親であり、良き妻である自分に酔っていたのも事実だった。何よりもその選択をしたのは私自身。いい加減そうでも案外真面目な私は、その責任感と使命に燃えていた。
 
 そんな私の平和で刺激のない日常にロックは入る余地すらなかった。ツエッペリン、ディープ・パープル、ピンク・フロイドのLP。文学もそうだった。三島由紀夫の「仮面の告白」「美徳のよろめき」「禁色」、レイモン・ラディゲの「肉体の悪魔」。青春時代に魂を揺さぶり、強烈な影響を与えてくれたものは、子育てには哀しいかな、一切無縁であった。この種の感性を平和な家庭生活の中に入れてしまったら、取り返しのつかないことになる。現実生活に戻れなくなってしまう。居間の書棚に並んでいるLPや単行本に、なるべく視線を合わさないようにしていた。無用のものなら、捨ててしまえばいいのに、私はツエッペリンも三島も絶対に書棚から捨てることができなかった。捨ててしまった途端、私の青春時代の生きた証しがなくなってしまうのではないかという寂しさもあった。
 
 なんとか、子育てにも目安がついた頃、私はまたライター稼業に復活した。15年間のブランクは私を孤独と絶望に陥れた。メディアの進歩についていけない焦燥感。何よりも、私は書き手としての才能が本当にあるのだろうか?という不安。不安定な精神状態の中で仕事をこなしていった。ドン・キホーテのようにポジティブで誇大妄想狂の自分と、蟻のように小さく、ビクビク、オドオドとしたネガティブな自分が出たり入ったり。それは今でも変わらない…。

 ビクビク、オドオド、自信喪失の日々が長く続くと、活字を埋めるどころか、生きているのさえ嫌になってしまう。自分を袋小路の中にどんどん追い詰めていってしまう。泥沼から這い上がろうとしても、最終出口が全く見えてこない。
 
 その時だった。気分転換にロック好きの友人から勧められていた一枚のCDを何気にかけてみた。ハードロックをきちんと聴くのも15年ぶりだった。スタートの「アイ・ドント・ノウ」は正直言うと触手が動かなかった。しかし、トラック4の「ミスター・クロウリー」を聴いた瞬間、私は鳥肌が立っていた。その衝撃と言ったら…。子供の頃、私の魂を揺さぶったレッド・ツエッペリンと出会ったような衝撃だった。

 ギターソロだけが、楽曲からどんどん離れていき、独立した美しい王国を創り始める。ギターソロだけが、竜巻のように激しく舞い上がり、地球のいや宇宙に存在するありとあらゆる音をすべて沈黙させてしまう。その美しい旋律に誘われていく私。その美しい音色に従っていく私。すると、不思議なことに、消えてしまったはずの最終出口がまた目の前に現われてきたのだ。しかも、その出口には一筋の光が、煌煌と射しこんでさえいた。
 
 最終出口が見えなくなると、私は決まって「トリビュートーーランディ・ローズに捧ぐ」を聴く。ランデイ・ローズのギターの音色が私に生きる活力を与え、「可能性を秘めた未知の世界」へ連れ出してくれるのだ。

 今年も3月19日がやってくる。1982年3月19日、アメリカ・フロリダのセスナ機の事故で26歳の若さでこの世を去ってしまったランディ・ローズ。サンタモニカに彼のお墓がある。命日には世界中からランディファンがやって来るという。今年こそはお墓参りをしようと、ロス行きを計画したのだが、またも計画倒れ。来年こそは世界中のランディファンと一緒にランディ・ローズを偲びたいと思ってはいるのだが…。


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コメント

ランディの命日のブログ検索からやってきました。3月19日はランディファンに忘れられない日です。ランディのギターって色んな人に影響を与えているんですね。素晴らしい文章ありがとうございます。

2009/03/19 (Thu) 11:19 | 水玉フライングV #- | URL | 編集

ランディのDEEこそ遺作なんです。スタジオテイクと生ランディの声が聞けるんですよ。。。。。。。

2009/03/19 (Thu) 18:16 | DEE #- | URL | 編集
水玉フライングVさんへ

ブログ検索で探していただき、感謝です!

何よりもランディの命日のブログをお書きになっていらっしゃる方がたくさんいたと思うと、それだけで涙が出そうです。

ジミー・ペイジ、リッチー・ブラックモア、エリック・クラプトンなどなど、ギタリストとしてはすでに世界中の人に知名度を得た彼らです。その中でランディファンはある意味ではマイノリティなのかもしれない。

でも、ランディのギターで人生が変わった人がたくさんいることも事実ですよね。

毎年、3月19日のランディの命日には、私はどんなに忙しくても、オジー・オズボーンの「トリビュート~ランディ・ローズに捧ぐ」を聞き入ってます。

写真のランディのギターが水玉フライングVでなくてごめんなさい。クリーム色のレスポールですね。

2009/03/20 (Fri) 05:14 | マリリン #- | URL | 編集
DEEさんへ

コメントありがとうございます!

クラシックギターを奏でるランディの「DEE」にも涙が誘われます。この数日後に、ランディは帰らぬ人になりましたね。生ランディの声も収録された「DEE」は、とても貴重です。

体が小さくて、女の子みたいに綺麗なランディだけど、声が太くてパワーがあるのにはびっくりでした。

これからもランディの偉業は語っていきたいと思っております。

2009/03/20 (Fri) 05:19 | マリリン #- | URL | 編集
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2009/03/25 (Wed) 18:32 | # | | 編集
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2009/03/26 (Thu) 04:30 | # | | 編集

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