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お隣りの津村明秀騎手

私にとって先週の「ダービー卿チャレンジトロフィー」は特別に思い入れのあるレースだった。

 2004年度、新人ジョッキーに贈られる「民放記者競馬クラブ賞」を受賞した津村明秀騎手が、ミッドタウン騎乗で初G3に参戦するからである。津村騎手は去年デビューしたばかりなのに、もう初の重賞レース参戦。新人騎手としては異例の出世である。

 ダイワメジャーの柴田善臣騎手、同じくダイワエルシエーロの福永祐一騎手、マイネルソロモンの後藤浩輝騎手などのベテラン騎手に囲まれながらも、パドックの津村君はとても落ち着いて、堂々としていた。直線で、ミッドタウンを大外に引っ張り出し、勝利馬ダイワメジャーに迫る勢いに、「ひょっとして、やるかも!」と思えたほどだった。が、結果は11着。結果はどうであれ、重賞初参戦にしては、落ち着いた、クレバーな、キップのいい乗りっぷりには感心してしまった。

 さて、この日記を読んでいる方は、なんで急に津村明秀騎手なのか?と思うだろう。

 実は津村騎手は子供の頃からよく知っていた。私の娘と同じ小学校であったし、彼のお母様とは子供会の役員も一緒にやった仲である。住いも棟は違うが同じマンションだ。

 縁は異なもの味なものである。

 小学校の頃の津村君は学校の成績は抜群で、中高一貫教育の名門私立中学に入学し、いずれは東大か京大生にでもなるんじゃないかと思っていた。ルックスもジャニーズ系のイケメン、絵に描いたようなエリートコースを歩むような少年だとばかり思っていた。

 そんな津村君が騎手を目指し、競馬学校に入学したと聞いた時はびっくりした。苛酷で厳しい競馬学校。よほどの覚悟と根性がなければ、なかなか卒業することができない世界だと知っていたので、心配はしていた。が、去年、JRAの新人ジョッキーとして、颯爽とその名を連ねた時には心から祝福し、今後の彼の活躍を心から祈っていた。

 津村君はあまりにも近しい存在であるがゆえに、書き手として冷静さや公平さを失い、感情に溺れ、無我夢中で彼を応援するのが怖くて、なるべく津村騎手の話題は避けていた。


 ところが、昨日、住いの近くの公園前で偶然、津村君のお母様とばったり会った。

イケメンの津村君のお母様は、これまた目鼻立ちがハッキリした色白の美人で、若き日のジュディ・オングみたいだ。

 「ダービー卿チャレンジトロフィー」で頑張った津村君の話題になると、お母様は目をキラキラさせてうれしそうに話し始める。「息子も緊張しただろうけれど、母親の自分はもっと緊張してレースを見ていたのよ」と興奮して語っていた。

 息子を思う母の顔には二つの共通点がある。一つは息子の未来に夢をたくす、逞しくも深い愛情のこもった歓喜の表情と、そしてもう一つは、その未来へ向かって突っ走る息子に起こりえるかもしれないアクシデントを危惧する不安の表情である。どちらの表情も純粋で嘘がない。

 公園の桜の木は七分咲き。穏やかで暖かい春の陽射しが津村君のお母さんの色白の美しい顔に反射して、とても眩しかった。
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