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小田実没後一年記念講演会

市民運動家、作家の小田実さんが亡くなられて一年が過ぎてしまった。

小田さんは生前、ご自身は「べ平連(ベトナムに平和を!市民連合」や「九条の会」の市民運動家である前に、作家なのだということを常々仰っていたという。

昨日、神田にある「ベルサール神田」で行われた「小田実没後一年記念講演会」は、作家としての小田実文学だけを中心に開催された貴重な講演会だった。

コロンビア大学教授のドナルド・キーンさん、哲学者の鶴見俊輔さん、作家の澤地久枝さんのご三名が登壇し、小田実さんの文学を徹底的に分析され、書き手としての小田さんの真髄に迫っていた。

日本文学研究者の権威でいらっしゃるドナルド・キーンさんは、小田さんの「玉砕」を翻訳なさり、世界に発信した。小田さんとの出会いをユーモアを交えて、正直にお話になってくださった。


哲学者の鶴見先生は86歳というご高齢にも関わらず、お顔がつやつやとして、お声もパリパリとして、70歳といってもおかしくない。お話も理路整然としていた。小田さんが29歳の時に上梓した、現代の日本の若者のバックパッカーの聖書となった著作「何でも見てやろう」のエピソード。小田さんがハーバート大学に留学し、トーマス・ウルフに感化されたお話などなど、ユーモアを交えて語って下さった。

作家の澤地久枝さんは時間が押してまでも、小田さんが作家としては孤独だったという熱弁をフルっていらした。市民運動家としての小田さんは、「べ平連」や「九条の会」では、中心人物になって活動し、多くの庶民に「平和」の大切さを訴えてきた。しかし、作家である時の小田さんは孤独だったというお話に、古い言葉だが「胸キュン」だった。

以前、別の会で初めて澤地久枝さんにご挨拶した時、私は大作家の澤地さんに、
「澤地さんをいつも応援しています。いつまでもお元気で頑張ってください」と、言った。
すかさず、澤地さんは、
「私を応援するだけじゃ何もならないじゃない。あなた自身も頑張って、共に平和の大切さを伝えていきましょう」と、厳しいお顔で仰った。

私は間の抜けたことを言ったな、と反省していた。澤地さんにご挨拶した言葉は、まるで売れっ子芸能人を応援するファンのおざなりな言葉と似ていることに気がつき、恥ずかしくさえなっていた。

そうだよね。「頑張ってください。応援してますよ」なんて、抽象的な無責任なことを言われたら、どう答えていいかお迷いになるのは当然だ。会場でお顔があったので、私は恥ずかしそうに軽く会釈していた。澤地さんはお優しいお顔で会釈を返してくれた。

小田さんが亡くなって1年余。小田さんの偉業を同世代を生きた人たちだけでに留まらず、今の子供たちにも伝えていかなければと、思った。それをどうアピールしていくかは、小田さん世代よりも若い私たちが、私たちの言葉で表現していくしかない。

会場には、私がいつも参加している「忍野パーティ」のメンバーである、前福生市議の遠藤洋一さん、社会学者の関谷滋さん、健康指導師の山田佐世子さん、そして、もちろん、「べ平連」の元事務局長でいらした吉川勇一さんもいらした。日本ペンクラブからは、小中陽太郎さん、旅行作家の近藤節夫さんもいらしていた。

最近、競馬、映画の仕事に集中しているが、自分自身を客観的に見れ、考え、反省し、そして元気になれる場を、没後一年たっても、小田実さんはまた提供してくれていた。


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