スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

出久根達郎さんの講演~日本ペンクラブ例会

 先日、日本ペンクラブの例会が「東京會舘」で行われた。

 今回の講演会の講師が直木賞作家の出久根達郎さんで、テーマが「古本屋になるまで」だったので、これを楽しみに伺った。

 会長の阿刀田高氏、専務理事の浅田次郎氏、常務理事の吉岡忍氏が、どんなに多忙であろうとも、ちゃんとペンの例会にはご出席しているので、やはり「日本ペンクラブ」の活動がいかに意義のあるものかが伝わってくる。

 でも、いつも思うのだが、ペンクラブ会員の方たちの高齢化である。会員の中では私が一番若いのが驚きなのだ。もっと若い作家たちの入会がなければ、ペンクラブは「老人福祉センター」のようになってしまうようで心配だ。

 2010年には日本で「国際ペン大会」が大規模で開催予定だ。これも日本のジャーナリズムにとって、大きな革命を起こすと信じているので、なおさら、若い作家たちの協力が必要になってくると思うのだが…。


 それはともかく、出久根達郎先生の「古本屋になるまで」のお話はとても面白かった。出久根達郎さんは中学卒業後集団就職で、月島の古本屋さんに勤め、その傍らで執筆活動をなさり、直木賞を受賞なさった苦労人である。

 戦後、古本屋で一番売れた本が、英語辞書の「コンサイス」だったそうだ。その理由が実に面白かった。その当時の辞書は薄いペラペラの紙だったので、その紙質が当時の愛煙家にとって煙草を巻くのに最高に適しているから、売れたそうだ。

 このエピソードには大爆笑してしまった。辞書が辞書の役割以上に日常品として重宝していたなんて…。

 そして、出久根先生は日本から「古本屋」が無くなることは、とても危険なことだとおっしゃっていた。「古本屋」にある本こそ、その書店の店長の強烈な個性で並べられた、独特の世界であるからだ。店長の個性でベストセラーだって生まれる。傑作本の水先案内人でもあるのだ。

神田にはよく行くが、古本屋の姿が毎年のように消えていくのは寂しいと思っていた私には、胸がジーンと来るお話だった。


 インターネットの情報に一番助けられている私だが、WEBも現代人にとって必須のものだが、戦前、戦後から読書家の「桃源郷」であった古本屋だけは国家財産として残しておくべきだと思った。新旧を共存させず、伝統のあるものを廃止(建物、劇場、商店街など)、新しいもの、儲かるものにだけ目を向ける日本の体質って、ほんとに良くないと思うのだ。

 海外の例を言うと、かなりキザな奴だと思われるが、フランスに行った時、国の法律で、建物の外観は決して壊してはいけないことを知った。石造りの建物が並んでこそ、パリの街なのだ。六本木のミッドタウンやヒルズみたいになったら、もうそれはパリではないのだ。
 
 こんなフランスのこだわりが、日本にはないのが残念だ。



スポンサーサイト
ロック&ポップスコース開設~洗足学園音楽大学 | Home | 占い

コメント

コメントの投稿


 管理者にだけ表示を許可する

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。