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強靭で暖かな骨

夏に亡くなってしまった、作家の戸田杏子姉御。

あなたのいない今年の秋は、とても寂しかった。孤独だった。執筆に行き詰まったり、人生が悲しく思えた時、私はどんなにあなたに励まされたでしょうか。

あなたが、東京の家を売り払って、亡きご主人の薮内正幸画伯の美術館を小淵沢・白州に建てる計画を立て、それをたった2年間で実現してしまったパワーには今でも敬服しています。こんなドラスティックな女性に私は生まれて初めて会いました。


8年間もガンと闘い、いつでもあなたと死は隣あわせでしたね。ガンが再発するたびに、治療の効果が出て、お医者様がびっくりするくらい、ガン細胞が消えて、それはたくさんのお友達を何度もホッとさせてくれました。

今年の夏も、また、見事に復活して、おいしいタイ料理をこしらえてくれるとばかり思っていました。美術館のすぐ隣にあるあなたの新居に泊まり、その晩、バーベキューをして、仲間と盛り上がったのが5月の連休の日でしたね。ビールも一杯飲んで、健康な友人たちの誰よりも大きな声で笑い、しゃべっていたあなたが、それから数日後に様態が急変してしまったとは…。

あなたにはいっぱい肩書きがありました。作家、タイ料理研究家、薮内正幸夫人、一人息子の母親、薮内正幸美術館館長etc。でも、あの5月のあの日だけは、誰のものでもない、私たちだけの素敵な戸田杏子さんでした。

あなたの花火のような、最期の輝く瞬間を共有できたんだから、もう嘆いてばかりいられませんね。

土日と恒例の忍野パーティに出席しました。作家の戸井十月さんや吉岡忍さん、タイ語の研究家の「あかだし君」こと岡本和之さんがあなたの思い出を語っていました。

日曜日は晴天。でもなぜか富士山は見えなくて残念でしたが、戸井さん、じゅんき、みかよちゃん、あかだし、もりや、佐伯さん、川勝さんと一緒に美術館にあなたの散骨にいきました。

休日の「薮内正幸美術館」はそれはたくさんのお客さんで一杯でした。ヤブさんの素晴らしい作品の一画に「戸田杏子追悼コーナー」があって、そこにあなたの著書がたくさん並べられていました。夫婦揃って、これだけたくさんの作品を持っていることに改めてびっくりしました。

でも、「追悼」という言葉に、もうこの世にあなたがいない、美術館では2度とあなたの姿が見れないことが現実になり、また、メソメソと泣いてしまいました。これではいけない。戸田姉御が怒ると思い、気合を入れて、私の大好きなあなたの作品「世界一の日常食、タイ料理を食べる作る」(晶文社)を買いました。いつもあなたにご馳走になるばかりのタイ料理でしたが、今度はどこまであなたの味に近づけるかわからないけれど、タイ料理を作ってみますね。

ご子息が、あなたの元気で頼もしいお骨を用意してくれました。元気で頼もしいお骨という表現はおかしいですよね。でも、袋から取り出し、この手に握りしめたあなたの骨は強靭で暖かくて、私にエネルギーとパワーを与えてくれるような感じでした。

ご自宅の秋の花が咲き乱れるお庭にそっとあなたのお骨をまきました。土に戻って、そしてお花の種になり、また綺麗なお花となってこの世に戻ってきてくれることを願いながら。

すると、不思議なことに一匹のトンボが現れて、散骨していた友人の肩にそっと止まったのです。皆が「戸田さんがきたぞー」と喜びました。あのトンボはやっぱ戸田姉御だったんだよね?

これからも、いつまでも、動物になり花になり、この世に姿を現して、私たちをずっとずっと見守っていてくださいね。

さよならは言わないよ。いずれまた、どこかで会おうね。戸田姉御!
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