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ミスターシービーと吉永正人騎手

船橋競馬場の厩舎火災で亡くなった9頭の馬たちを追悼して、悲しい日々だったから、ちょっと、気持ちをシフトして、日常の雑感の中で面白かった新聞の集金の男の子のことを書いたけど、またも訃報が飛びこんできた。


三冠馬、ミスターシービーの主戦騎手であった、吉永正人氏の死である。


ミスターシービーとは現役の時よりも、レックススタッドから、種牡馬生活を終え、余生を送る千葉の千明(ちぎら)牧場で、触れ合った日々の方が私にとって、強烈な印象がある。シービーの死で、身も心ズタズタになり、しばし鬱の状態になったほど、愛した馬だった。その母親のシービークインとはもっと長い付き合いになり、彼女の死にも立ち会った。この親子のエピソードは、流星社発行の「あの馬今、ストーリーズ」で熱く語っている。


ミスターシービーの後方からゴボウ抜きで追い込む戦法で奪った三冠は、もちろん、シービーの力もあるが、屋根の吉永正人騎手の力があったからこそ、シービーはこの栄光を勝ち得たのだと、いまだに思っている。これは、シービーに魅せられた作家の寺山修司も力説していた。


調教師となった吉永正人氏とは、ミスターシービーが亡くなった日、千明牧場で会った。三冠騎手に輝かせくれたシービーの死は吉永さんにとっても、かなりのショックであったに違いない。


寡黙でシャイな吉永さんは、千明牧場の管理者、安藤さんに、ちょっと挨拶すると、亡きシービーの馬房の前で深々とお辞儀して、合掌していた。


その姿は今でも忘れらない。吉永さんは寡黙であるがゆえに、オーバーアクションや自己演出はしない。男は黙って、我慢の人だった。馬房を参ると、そそくさと帰って行った。


あまりにもそっけない追悼であったのではないかと首をかしげる人もいたが、私はこれが吉永正人さんなのだと思った。必要以上に自分を露出したり、ウケを狙ったりしない。素のまんま、正直に生きる人だったからこそ、高潔でプライドの高い、ミスターシービーと馬(うま)が合ったのではないだろうか?


吉永さんの病名は胃ガンだった。最近、私はこの胃ガンで親しい人を失ったばかりなので、ガンが憎くてたまらない。


ただ、救われることは、その死に水をとってくれたのが、ご長男の吉永護騎手だったこと。そして、愛すべきお嬢さんだったこと。最愛の家族にみとられ、早すぎる死ではあるが、安らかに旅立ったという報道を聞いて、少しだけ安心した。


今頃、天国で、ミスターシービー、その母のシービークインと思い出話に花を咲かせていることだろう。


謹んで、ご冥福をお祈りいたします。


 


 


 

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2010/03/08 (Mon) 13:10 | # | | 編集

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