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千葉県人気質

プランニングスポットの仕事で俳優の永島敏行さんをインタビューした。

 永島さんのデビュー作の「ドカベン」は見ていないが、「サード」(監督・東陽一、脚本・寺山修司、1978年)そして「遠雷」(監督・根岸吉太郎、1981年)は私の日本映画のベスト10に入るくらい素晴らしい映画だった。彼の素朴、朴訥、それでいながらどこか屈折した演技に、既存の日本の俳優にない新鮮なものを感じていた。

 ここ数年、色々なタレントをインタビューしているが、最近では風間杜夫さん、そして、今回の永島敏行さんに会うのは仕事とは言え、かなり公私混同してテンションが高まっていた。それは、風間さんも永島さんも私の青春時代のアイドルなので、同じ時代の空気を吸った親近感がより私を高揚させるのかもしれない。

 夕刻の赤坂、エクセル東急の一室。身長182cmの長身の永島さんが入ってきた。「サード」や「遠雷」の頃よりはちょっと貫禄がついてはいるが、やはり目の前にいる永島さんは、「遠雷」のトマト作りの満男であり、少年院の「サード」の面影を一杯残していてくれて、とてもうれしかった。

 永島さんが千葉県の千葉市生まれだというのは知っていたが、今回の取材のテーマは「活美若健」なので、生まれ育った土地は関係ないと思っていた。しかし、彼は俳優以外のもう一つの顔を持っている。それは米作りの農業人の顔である。米作りに興味を持ったのは漁業と農業の町で育ったこと、田舎がもつ風土や地域が持つ豊かさが自分を育ててくれたからだと、目を輝かせて話してくれた。

 私も生まれも育ちも千葉県船橋なので、そのことを話すと永島さんはそれは人なつっこい顔で、「千葉の女は強いよな。声もでかいし、大雑把、人の話を聞かない女ばかりだよね。あなたよくライターをやれるね?」と皮肉を言われてしまった。しかし、私が千葉県人だと分かると、彼はより能弁になり、ご機嫌良さそうに、てんこもりの千葉の話題になった。子供の頃、船橋ヘルスセンターや谷津遊園に遠足に来たことなどをそれは楽しそうに語ってくれた。

 永島さんは中学校の時に野球部に所属していたので、私の出身中学にも試合に来たと聞いて、もう驚きよりも、感無量になってしまった。永島さんは私よりも2つ年下。もしかしたら、私の卒業した中学のグランドで遭遇していたかもしれない。ドキドキ。今まで、県民性にこだわりを持つほうでなかったが、今日の取材は千葉一辺倒で終わり、とても楽しくて充実していた。

 シメは千葉ロッテマリーンズ。優勝できて良かったね!で笑みと笑みがぶつかりあった。

 千葉って、噛めば噛むほど味が出るするめイカみたいなイイ感じの県だったんだなぁ…。
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