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「戸井十月の新たな旅立ちを見送る会」

十月を見送る会



2013年7月28日 午後12時20分に作家であり映像ディレクターの戸井十月さんが亡くなった。

戸井さんは私が参加する忍野パーティの主催者の一人だった。もう二人の主催者は作家の吉岡忍さん、元福生の市議の遠藤洋一さん。

5大陸走破の最後の旅がユーラシア大陸だった。このことは、2009年のブログで、十月さんが無事帰国したことを書いた。

それから、2年もしないうちに、十月さんは肺がんになってしまった。サラリーマンが定年退職後に、無気力になってしまい、病気になってしまうように、十月さんは最終目的だった、ユーラシア大陸横断の旅で、ある種の達成感を味わってしまったのだろうか?

それによって、今まで持っていた頑強な体力の免疫が切れてしまったのだろうか?

しかし、ガン治療の効果はお医者さままで驚かすほどで、いったんは十月さんの体から、ガンは消えた。

その後、メキシコのバハのレースに臨んだりして、精力的に仕事をしていた。

「完治」

よかった!病を克服した新生十月の今後の活動が楽しみでならなかった。

でも、ガンは甘くなかった。この悪魔のような細胞はまたも十月さんの体を蝕んでいった。

それでも、私は治ると信じていた。でも、駄目だった。

ガンの再発に耐えながら、最後の仕事となったNHKBSのドキュメンタリー「リオの挑戦」は見事だった。

リオのスラム街・ファベーラで生きる少女や少年たちの、オリンピックにかける夢を詳細に取材していた。

それぞれの子供たちは暗い過去を持っている。しかし、オリンピックの開催地になったことで、過去のトラウマから解放されたように、子供たちが前向きに明るく生き、努力する姿が映し出されていた。

こういった取材は、戸井さんだからできる仕事だと思った。


それから、わずか、5か月後に十月さんは死んでしまった。


昨日、戸井さんを見送る会に出席した。信濃町の千日谷会堂には500人以上の人が集まり、十月さんを偲んだ。

「戸井十月の新たな旅立ちを見送る会」というタイトルが、すごくよかった。

十月さんは死んだのではない。新たな旅立ちをした、そう思えば、悲しみがちょこっとだけ薄れた。

最後の最後まで、十月さんはカッケー男だった。ホンダのバイクとイケメンの遺影。素晴らしいBGMが流れ、まるで、映画の1シーンのようだった。

色々な人の出会いがたくさんある中で、十月さんだけは、お腹の底から笑わせてくれた稀有な男だった。
おかしかった十月さんの話は、たくさんあり過ぎて、今は語れない。後で、じんわりと私だけの思い出として残しておこう。

だから、会場にあるメッセージカードにこう書いた。

「十月さんは本当に私を笑わせてくれました。でも、もういないから、私は一人で笑って生きていきます!」と。

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