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「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見

毎日新聞から、もの凄く悲しいニュースが届きました。これって、最悪じゃない。地元船橋の私には許せないことです。
被災者には何の罪もない、ましてや、福島の子供たちは巨大地震、津波、原発事故の最大の犠牲者じゃないですか。同じ日本人として凄く恥ずかしい現象です。

千葉であろうとどこであろうと、原発が50個以上もある日本全域がいつこんな被害にあってもおかしくない状態です。「明日はわが身」なんです。

こんな時にこのような差別や偏見が生じることに、私は強い怒りを覚えてなりません。船橋に住む住人の一人として、個人的に、偏見を受けた子供たちに謝ります。本当にごめんなさい。船橋にはあなたたちの味方もたくさんいます。あなたたちを応援する人々がたくさんいます。心から本当にごめんなさい。




           「放射能怖い」福島からの避難児童に偏見

 原発事故で被ばくを恐れ福島県から避難してきた子供が「放射能怖い」と偏見を持たれるケースがあるとして、千葉県船橋市教委が全市立小中学校長らに配慮するよう異例の指導を行っていたことが分かった。福島県南相馬市から船橋市へ避難した小学生の兄弟の事例では、公園で遊んでいると地元の子供から露骨に避けられたという。兄弟は深く傷つき、両親らは別の場所へ再び避難した。大震災から1カ月たつが、福島第1原発の深刻な事態が収まる見通しは立っていない。知識の欠如に基づく差別や偏見が広がることを専門家は懸念している。【味澤由妃】

 南相馬市の小学生の兄弟のケースは、避難者の受け入れ活動に熱心な船橋市議の一人が把握し、市教委に指摘した。市議によると兄弟は小5と小1で、両親と祖父母の6人で震災直後船橋市内の親類宅に身を寄せ、4月に市内の小学校に転校、入学する予定だった。

 兄弟は3月中旬、市内の公園で遊んでいると、方言を耳にした地元の子供たちから「どこから来たの?」と聞かれた。兄弟が「福島から」と答えると、みな「放射線がうつる」「わー」と叫び、逃げていった。兄弟は泣きながら親類宅に戻り、両親らは相談。「嫌がる子供を我慢させてまで千葉にいる必要はない」と考え、福島市へ再び避難した。

 福島県から県内に避難し、この家族をよく知る男性は「タクシーの乗車や病院での診察を拒否された知人もいるようだ。大人たちでもこうなのだから、子供たちの反応も仕方がない。でも、当事者の子供はつらいだろう」と話す。

 市議の指摘を受け、船橋市教委は3月28日「(放射能への)大人の不安が子どもたちにも影響を与え、冷静な対応がとれなくなることが危惧される」として、避難児童に「思いやりをもって接し、温かく迎える」「避難者の不安な気持ちを考え言動に注意する」よう市立小中学校長らに通知した。

 市教委によると今月から市内の学校へ通う被災者・避難者の子供は43人で、うち38人は福島県出身という。

 避難児童を多数受け入れる市立行田西小学校の中村俊一校長は、「温かく迎えるのは言われなくても当たり前のこと」と強調。「放射能を巡る偏見や方言で児童を傷つけることがないよう注意深く見守ろうと、教職員に何度も話している。始業式や入学式で『いつか古里に帰れる日が来るでしょう。その時に船橋に来て良かった、友達ができて良かったと思ってもらえるよう仲良くしてください』と呼びかけた」と話す。

 市教委に指摘した市議は「話を聞き、心がさみしくなった。船橋の子供たちにはいつも『思いやりのある人になってほしい』と言っている」と話す。

   ◇  ◇

 千葉市稲毛区の放射線医学総合研究所(放医研)は福島第1原発事故直後の3月14日、放射線や被ばくを巡る電話相談窓口を開設。研究員や退職者6人が朝から深夜まで応対している。相談は主に首都圏から寄せられ、すでに6000件を超えている。

 震災直後は「原発近くに住む親類を家で受け入れたいが、自分の子に影響はないか」という内容が多かった。その後、避難者の数が増えると「アパートの入居で難色を示された」「福祉施設や病院で被ばく線量を調べるスクリーニング検査の証明書の提出を求められた」などの相談が急増した。

 今回の船橋のケースも踏まえ、放医研の柿沼志津子博士は「大人をまず教育したい。受け入れる側が心配すべきことは何もありません。むしろ心配しすぎる方が体に悪い」と指摘。「放射線について正確な知識に基づき、『正しく怖がる』ことが大切です。もっと勉強してほしいし、私たちも理解を深めてもらえるよう努力しなければならない」と話す。放医研は相談窓口(電話043・290・4003)を当面続けるという。

2011年04月13日 22時17分

2011 毎日新聞社 ALL Rights Reserved.

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余震の恐怖へと怒り

またも、昨晩、震度6強の地震が被災地の宮城県を襲った。最悪の津波警報まで出た。関東でも、最初は縦に揺れ、今度は長い横揺れが続いた。また、あの3月11日の巨大地震の恐怖が蘇り、青ざめていた。

またも津波警報…。またも大津波…。被災地の人の気持ちを思うと、胸が張り裂けそうになった。

テレビ放送で地震の揺れが報告された瞬間、

「このクソ地震ヤロー!なんで、こんなに悲惨な目にあっている人、困っている人たちをさらに苦しめることをやりやがんだよー!ザケンナヨー!」と、テレビに向って叫び、怒り狂っていた。

いくら怒り狂っても、自然の驚異だから、それが無駄であっても、私は叫び続けた。「クソ地震のヤロー、クソ地震のヤロー、テメーが死んでしまえよ!」。そのうち、涙があふれてきた。

やっと少しだけ復興の兆しが見えてきた被災地。とは言っても、支援物資や義援金も届かず、行方不明者の安否を心配する家族の多さ、福島原発事故により、行方不明の家族を置いて避難させられた被災者の今後の未来はまだまだ暗いが、なんとかほんの少しだけほんの少しだけ復興の兆しが見えてきた矢先の巨大地震。

津波警報が出た地域の避難者の怖さ、停電によって脅えてる何十万戸の家庭。そこには妊婦さんも、乳飲み子を抱えた若いお母さんも、小さな子供たちもたくさんいるだろう。脅えていただろう。怖かっただろう。

究極の恐怖を味わった人々は、また同じようなことが起きることが一番怖いのだ。その恐怖に脅えながら、なんとか頑張っている被災地に、この巨大余震は許せない!

本当に許せないよ巨大地震。もういいじゃないか!東日本をこれだけ苦しめたんだから。死者に鞭打つようなことをしないでくれ!これ以上人々を苦しめるようなことはしないでくれ!

自然の驚異には人間は勝てないと、人類は認め、謝っているじゃないか!

これ以上、人間を苦しめないでくれ!

「東日本大地震の惨事に際して」~日本ペンクラブ声明文

  所属しております日本ペンクラブの会長・阿刀田高氏が下記のような声明文を出しました。転載します。           



          「東日本大地震の惨事に際して」

 日本ペンクラブは、このたびの東日本大地震の、すべての被害者に対して心からなる痛嘆を申し述べます。亡くなられた多くの方々には、ただ祈るよりほかにありません。行方不明の方々には一人でも多くの命が救済されるよう切に願っております。もどかしさばかりが募ります。

 被害地への救助もままならず、私たちに何ができるのか、会員それぞれの活動とはべつに、文筆家の団体として、あらためて惨事の真因をさぐり、長く警鐘を鳴らし続けること、それが責務であると痛感しております。とりわけ惨事を拡大した原子力発電については確かな安全性を求めてこの存在を注視し、真実を世論に訴えていきたいと襟を正しております。

 なべて一日も早く惨害の地が回復するように、また健やかな日々が戻って来るように、言葉の力を信じて声高く希求いたします。この願いは被害地だけのものではなく、日本全体のテーマでもありましょう。こぞって「がんばれ、日本」と叫びます。


日本ペンクラブ会長 阿刀田 高



  自衛隊、レスキュー隊、警察、お医者さま、弁護士、薬剤師と、こういった有事の際には、実用的なお力を持っている方が被災者を具体的に救ってくれてます。文筆家の集団は阿刀田会長がおっしゃるように、「あらためて惨事の原因をさぐり、長く警鐘を鳴らし続けること、それが責務であると痛感しております」まさにこれだと思います。今後の日本ペンクラブの活動に期待したいと思います。



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