スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

台北の旅~③足つぼマッサージ

中正記念堂

(中正紀念堂の蒋介石の銅像。蒋介石は母国中国の方向を見つめるように奉られている。蒋介石が中国に戻りたかった気持ちが伝わる銅像だ)


 台北の旅の日記の続きが一ヶ月遅れになってしまった。

10月のパリ取材旅行、講演会の準備で心は焦るのだが、体と頭がついていかず、結局ダラダラと夏を過ごしてしまった。フランス語講座の夏季講習も2回ほどサボってしまった。

  超怠け者の根性無しの自分が情けない。

 ま、欠かさずやっていたのが、ヒップホップ、ボディパンプ、ボディコンバット。唯一、筋肉だけはついて、体重が2キロだけ減ったのが夏の成果かもしれない。あ、ボディパンプ用にショッキングピンクのグローブを買った。バーベルを担ぎ上げるのに、確かにこのグローブは効果がある。ここまで来ると、ほとんど病気かも…。次なる目的はボディビルダー?

 さてさて、台北の旅行の完結編。

【7月23日(木)】

 無料で付いている市内観光に参加。

 故宮博物院、蒋介石を奉った中正紀念堂などを訪れた。故宮博物院は世界の4代博物館の一つになっているそうだ。パリのルーヴル美術館、ニューヨークのメトロポリタン美術館、ロンドンの大英博物館と、そして、台北の故宮博物院。

 ということで、私は、なんと、この世界の4代博物館を制覇したことになる。しかし、一番印象深いのがやっぱパリのルーヴル美術館であった。10月にもう一度行ってみるつもりだ。

 故宮博物院の人気ものは、「翠玉白菜 」。その歴史を調べると、清時代の末期に瑾妃が住んでいた宮殿「永和宮」に、王妃がお嫁入り道具として持ってきた大切なものだそうだ。

 中国では白菜は女性の純潔のシンボルとのこと。そんな貴重なものなのだが、中国の歴史に疎い私は、なんで、中国人は、こんな白菜の形をしたヒスイを有難がるのが不思議だった。だいたい、白菜っていうプロパーな野菜が、王朝とかけ離れていて、ピンとこないのだ。

 帰国して、故宮博物院に造詣の深い友人にそのことを話したら、

「ま、あんたが見ても、豚に真珠、猫に小判。『翠玉白菜』もかわいそうだわ」って、怒っていた。

 故宮博物院よりも中正紀念堂よりも、一番インパクトがあったのが、台北のスペシャリティの「足つぼマッサージ」。娘はこれがやりたくて台北に来たのだと大喜びしていた。

 「足つぼマッサージ」はタイのバンコクでやってもらい、とても気持ちが良かった。台北のマッサージもさぞかし気持ちいいだろうと思ったら大違い。
 
 台北のマッサージは、きちんとした病院の漢方の先生がやってくれるのだ。だからマッサージというよりも治療に近いのだ。足の角質を取ってもらうまでは気持ちよかったが、その後、足の指から、足の裏、側面をこれでもかという力で押しまくる。台北の先生の握力はハンパなく強く、どこを押しても気持ちいいどころか、激痛に近いのだ。

 耐え切れなくなった私は日本語で、

 「観光できたんだから、そんなに一生懸命やることネッすよー。マジいてーんだけどー」と言ってやった。

 すると先生は片言の日本語で、

「肩と子宮が疲れている」と、ボソッと言った。

 私は驚いた。肩が疲れているのは普段日ごろの筋トレのせいだと思うが、子宮なんて、絶対に疲れているはずがない!だって、ヘイケイしちゃって、もう、子宮が子宮の役を果たしていないからだ。

 偏屈もんの私は、

「肩は分かるけど、子宮だけは疲れてないよ」と言い返した。

 先生はムッとした。すると、子宮のつぼがあるらしい、右足の薬指をマンリキで締めるほどの力で押しまくった。

 「チョー、いてー。マジ、止めてくれー!MAXいてー」と叫んでいた。

 周囲のお客さんは大笑い。娘は、

「また、ママは笑いもん。どこにきてもみっともない。日本の恥」と怒っていた。しかし、娘の治療結果を見たら、「足全部のつぼに異変あり」とのこと。つまり、体中、ガタガタってことなのだ。

 その結果を見た娘も、やっと私の気持ちを理解したらしく

「やっぱ、ママ、あの治療はいい加減かもね」と、納得がいかなそうだった。

 台北の「足つぼマッサージ」は、いわゆるリラクゼーションという癒しではなく、あくまでも治療ということが分かったのだ。

 やっぱ、マッサージは治療よりも気持ちいい方がいいに決まっている。

 それが、台北旅行の結論だ。ま、かなりミーハーの結論になってしまったが…。

 でも、19800円の旅行代金以上に充実した母と娘の旅でした。ハイ!あっざーす!
スポンサーサイト

台北の旅~②「鼎泰豊(ディンタイフォン)」

 台北、ディンタイフォン1

 (本店の「鼎泰豊」の入り口はシンプル。しかし、長蛇の列が!)


ディン代フォン、陽子
 
 (女々しいことしたくないし、食い物のブログやっている奴にろくなもんがいねーと思いつつ、記録とし
て残すために、恥を忍んで、小籠包を食う瞬間のマリリン)




  配水管の工事、無事終了。長く住んでいると、人間だけでなく、住まいそのものもガタが来る。メンテナンスにお金と時間をかけるのは、これ、どうしょうもないこと。使っただけ消耗するのは、家電も家も人も同じだと思う。

 さて、先のブログの続き。

 補足として、チャイナエアラインのフライトアテンダントはサービス満点、ウエストのくびれを強調するようなチャイナドレスが色っぽい美人が多い。シンガポールエアラインのアテンダントと同じくらい、いい女が多かった。ま、わたしゃ、女だから、男ほどうれしくはないけどね。

 わたしゃ、イタリア行った時のアリタリア航空の男のフライトアテンダントにメチャクチャ色気を感じたけどね。

 全てをお任せの丸投げのツアー参加だったので、空港に現地の係り員が出迎えてくれて、一路ホテルまで。この係り員の若い女性の日本語の堪能さに、びっくり。なんでも、秋田大学に留学して日本語を学んだそうだ。


ホテル到着。

「さて、夕飯は何にするか?」と私。

娘が間髪入れずに、

「ディンタイフォン!」と言った。台湾名では正式に「鼎泰豊」。食い物に異常に興味を示す娘のお勧めだ。

 このお店は、ここ数年、日本に進出した点心料理専門店で、「小籠包」ではぴか一の老舗。もちろん、台北に本店があるのは知っていた。アメリカの「ニューズウィーク」誌が選んだ世界の最高の味ベスト10の3位にランクされている有名店だ。

 東京では、私は池袋の東武デパート、汐留に進出した「鼎泰豊」は、すでに味わっている。

 生姜とポン酢のたれを乗せたレンゲの上に、熱々の小籠包乗せ、ブチュッとつぶす。肉汁が広がる。その熱々の小籠包を口からこぼれそうなくらいほお張る。

 なんとも言えない濃厚な肉の味が口いっぱいに広がる。

 ブログで、食べ物をアップするのは、なんだか田舎臭くて、自己マンくさくて、嫌いだけど、確かに上手いと思った料理の1つだ。

 台北本店の小籠包は日本のよりも具がいっぱい入っていて、おいしかった。でも、これは現地に飛んだということで満足し、そう思えたのかもしれないと、あくまでも屈折した私の見解でもある。

 しかし、店員さんは可愛くて、優しくてパーフェクト。サービス満点だった。

 台北の人はお酒を飲む習慣があまりないようなので、店内で「台湾ビール」を飲んでいたのは、ネイティブに混じって、観光客の私くらいだった。

 台湾の人は、酒よりもお茶なのである。

→と、ここまで書いたが、疲れたので、この続きは、また明日にでも。

台北の旅~①19800円の激安ツアー

台湾桃園国際空港の柿君

      (台湾桃園国際空港に到着いなや、台北のイケメン・カキ男君にナンパされたマリリン。
       このイケメン君は無口でまるでアンドロイドのようでした!マリリンのマイタイプ!)



 2泊3日台北旅行がいちきゅっぱ(19800円)という旅行代理店の新聞のチラシを見た瞬間、「台北に行こう」と決めた。

 しかし、19800円で台北旅行ができる仕組みはどうなっているんだろうか?乗ったチャイナエアラインやステイしたホテルの儲けはあるのだろうか?

新幹線で大阪往復するよりも安いじゃない。そう考えると日本の新幹線はメチャクチャ高いよね。

とにかく安いということはいいことだ。無事、就職が決まった娘と二人で、台北旅行を満喫してきた。

娘をこの旅に誘った時、

「競馬場に行くなら、一緒に行かないよ!」って釘をさされた。競馬バカの私は、どこの国に行っても気になるのが競馬場だからだ。残念なことに、調べた結果、台北には競馬場がなかった。

「大丈夫、大丈夫、今回だけは、母と娘のマジのガチの家族旅行だから安心おし」と、私。

ということで、観光ガイド本を絵に描いたような母と娘のねっちょりとした女々しいコンサバな旅をした。

台北…。

 もう少し、猥雑でごちゃごちゃしているのかと思ったら、町並みは綺麗だし、何よりもガツガツしたところが全くなかった。ステイしたホテルは日本で言ったなら、東京駅のまん前にあるようなロケーションのホテルで、名前はシーザーパークホテル。どこに行くにも便利で、都会的だ。

 19800円の基本料金だったけど、実はホテルだけはプラス8000円アップグレードしたおかげで、フロントのスタッフも垢抜けていて、室内にはミニバー、シャワーだけでなくちゃんとバスタブもありぃので、ツインのベッドの大きさもセミダブル並みで、とても快適だった。

 8000円のアップグレードは決して無駄でなく、大満足だった。そうそう、6階にはフィットネスやサウナも無料使用できたが、さすが、台北に来てまで、筋トレやボディコンバットをやる気になれなかった。


   →ここまで書いていたら、配水管の工事が来たので、この続きは明日にでも。

「1Q84」

  「どんなに壁が正しく、どんなに卵が間違っていても、私は卵の側に立つ」

 イスラエル最高の文学賞「エルサレム賞」を受賞した作家・村上春樹さんの授賞式でのスピーチだ。実を言うと、村上春樹作品は全く読んだことがなかったが、このイスラエルのガザ地区攻撃批判のスピーチで、私は熱狂的な村上春樹ファンになってしまった。

 作品よりも先に行動や言動に魅了されたということは、ある意味では物書きの方には大変失礼なことだと思うが、これは正直な気持ちなので嘘は言えない。

 あのスピーチから数ヶ月。ついに村上春樹の新作が出た。内容、レジメなどは一切公表しないで出版に到ったそうだ。隠せば、隠すほど、読みたくなるという読者の深層心理をくすぐるやり方に脱帽である。

 発売前から予約が殺到し、発売日に68万部を売り上げるという快挙。各書店では売り切れ御礼のお札が。この出版不況の中で、活字が大手を振って世の中に一石を投じている現象は、とても頼もしい。

 とうことで、「1Q84」を手に入れ、読み始めている。本来なら前編、後編を読破してから感想を書くべきところであるが、読み始めて2日間で、もう3分の2まで読んでしまった。ハードカバーの分厚い本なのに、久しぶりに読書に没頭しきっている。

 「青豆」という女と「天吾」という男の話が交互に交錯したミステリータッチの作品なのだが、1ページ目を開いたその瞬間から、私は村上春樹ワールドに没入した。ストーリーテリングに満ち溢れていて、読みやすい。時々、人間の本質に迫る俗っぽさもたまらない。

 イスラエルでのあのスピーチが伏線になっているのかもと、唸らせた。

 とにかく先が先が読みたくて、何も手につかない。

 ここ2~3日は、村上春樹ワールドに耽溺してしまいそうだ。

国際ペンクラブのお客様たち

7月16日 

 日本ペンクラブの例会が東京會舘であった。梅雨明けのうだるような暑さの日比谷界隈。近くにあるワーナーブラザース試写室で「ココ アヴァン シャネル」というシャネルの人生を描いた試写を見た後、大慌てで東京會舘に駆け込んだ。ジムでボディコンバットやったみたいに大汗びっちょりだったので、トイレで制汗剤で「シュッと」と脇の下に一吹きして、会場へ。

すでに例会は始まっていた。

 家の旦那も、先月から日本ペンクラブの会員になったので、新会員紹介のご挨拶の時間にはなんとか間に合って、ホッとした。

 目的の新会員の方たちのご挨拶を写メで撮影。側にいらした、阿刀田高会長が、優しく微笑んでいた。

 ま、携帯で撮影しているのは私くらいのもんだから、きっと、珍しかったのかもしれない。

 編集者の鈴木悦子さんとビールやワインを飲みながら、しばし、出版業界不況の話で情報交換。立正大学名誉教授の山本澄子先生とは映画談義。

 今回の例会には各国の国際ペンの関係者も来日し、ご出席なさっていたので、バングラディシュのM・A・QAYUMさん、パキスタンのSYED HENNA BABAR ALI さんたちと名刺交換し、しばらく、英語でお話した。

 ある程度英語が話せて、本当に良かった!と思う。やっぱ、英語は世界共通の言語。人を理解し、人を知るにはやはり言語である。お互いの仕事、何を考えているのか、などは聞いてみないと絶対に分からない。

 な~んて、それほど完璧な英語を話せるわけじゃないけど、厚顔無恥の私はイケイケでたくさんの質問を彼らにしていた。国際ペンの状況を少しだけ鑑みることができた。

 来年は国際ペン大会が東京で開催される。その時にまた会いましょうと、QAYUMさんとALIさんとお約束していた。

 「日本ペンクラブは国際ペンクラブです」と常務理事の高橋さんがおっしゃっていたが、日本ペンクラブの会員章を持っていると、世界のどの国でも信用されて、パスポートと同じくらいの価値があるそうだ。

 来週から台北に旅する。秋には念願のパリへの取材旅行だ。その時には絶対にペンクラブの会員章を持って行こうっと。
 

ユーラシア大陸横断!!!!

ユーラシア大陸横断計画

      (戸井十月さん ユーラシア大陸横断の旅のスケジュール表)
       



 「ゲバラは生きるように旅をし、旅するように生きた。その人生そのものが、見果てぬ夢と理想に向かってひた走る、壮大な一つの旅だった」

 大先輩の作家であり冒険家であるゲバラを愛して止まない戸井十月さんのチェ・ゲバラへのオマージュである。素晴らしいフレーズでうっとりだ。


 戸井十月さんの夢はバイクで五大陸走破。すでに、北米大陸、南米大陸、オーストラリア大陸、アフリカ大陸を走破して来た。

 60歳という団塊の世代を代表するようなオッサン年齢になって、なんと最後に目指したのがユーラシア大陸だ。

 7月2日、愛するホンダのバイクと共に、ユーラシア大陸横断の入り口となるポルトガルのロカ岬に旅立った。

 数ヶ月前に、戸井さんとお会いして旅の詳細を伺っていたので、いよいよ決行したんだなって、なんだか感慨無量になっている。

 そこで、送っていただいたユーラシア大陸横断の旅の地図を見てたら、あまりにも広大なので、改めてびっくりしている。今まで走破した大陸の中で一番デカイではないか!

 距離にして40000キロを鉄の馬となるバイクで走り抜ける。期間にして5ヶ月。なんだか、気絶しそうなくらいスケールの大きいことなので実感がわかないが、戸井十月さんは自分の夢を確実に実現した。

団塊の世代のオッサンたちの生きる鏡である。そして憧憬であり男のロマンである。

 「ゲバラは生きるように旅をし、旅するように生きた。その人生そのものが、見果てぬ夢と理想に向かってひた走る、壮大な一つの旅だった」

 はそっくりそのまま、戸井十月さんに当てはまるんじゃないだろうか。
 
でっかいなー! カッコいいなー!元気になれるなー!素晴らしいなー!憧れるなー!

 11月に無事に帰国したら、たくさんのお土産話を聞きたい。
 
 それまでは、戸井十月さんの公式サイト  「越境者通信

に掲載されるユーラシア大陸走破の報告の更新を楽しみに、私も見果てぬ夢と理想に向かってひた走る女でありたい!


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。