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「小悪魔ageha」

 本や雑誌がまるっきり売れないこの頃なので、書店で立ち読みは、なんかとっても気が引けるのだが、長年の癖でつい立ち読みしてしまう。

 自分の書いた本も立ち読みして、ウハウハ喜んでいる。相変わらずアホだ。

 で、とても興味のあった女の子向きの雑誌「小悪魔ageha」を立ち読みした。

 ページをめくってマリリンはびっくり仰天した。プリクラで撮った写真みたいなモデルさんが、ページ一杯に載っている。このインパクトの凄さは、近年稀にみる驚きだった。

 かわいいモデルさんの着ているお洋服をマリリンは年甲斐もなく、欲しくなっていた。アゲ嬢と呼ばれるモデルさんが着ているお洋服だ。値段も安いのが気に入った。原宿の竹下通りや渋谷のマルキューで売っているらしい。

久しぶりに雑誌に集中し、のめりこんだ。読物もないのに、このキャッチーな魅力は一体なんなのか?

 うん。そうだ。この雑誌には作る側の「本気(マジ)」が感じられるからだ。ここまで、ごちゃごちゃと、どこまでも一貫したポリシーで、妥協を許さない編集部の意地や挑戦心が感じられる。

 21歳になる娘にそのことを言ったら、

「『小悪魔ageha』は凄い売れてるよ。でも、ママみたいなオババが読む雑誌じゃないよ」と、バカにされた。

 確かにその通りなのだが、あの世界にまたのめり込みたい。できれば、年齢を大大大幅にごまかして、アゲ嬢メイクとアゲ嬢ヘアで、マリリンもあのページに載りたい!!!

 たとえ、化け物と罵倒されようとも、マリリンもポンゲ(本気)でそれを夢想していた。

 

 
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祝・ご還暦

忍野パーティ、吉岡忍さんと大木晴子さん

週末、マリリンがいつも参加している恒例の「忍野パーティ」に行ってきた。

土日とも晴天。まー、それはそれはお天気に恵まれた富士の裾野。富士山がくっきりと浮かびあがり、マリリンのつぶらな瞳に大反射していました。

ところで、今回の忍野パーティの出席者には、めでたくご還暦をお迎えになるお友達が二人おります。

 作家の吉岡忍さん(写真左)と元反戦・平和フォークシンガーの大木晴子さん(写真右)です。

 吉岡忍さんはNHKテレビ出演前夜でかなりお忙しかったのですが、ばっちりとポーズを取ってくれました。最近公開された映画「クライマーズハイ」は日航機ジャンボジェットの墜落事件を描いた作品で印象的でしたが、吉岡さんが22年前に出版された「墜落の夏」は、講談社ノンフィクション大賞をお取りになり、あの事件の全貌をより詳細に描いた渾身のルポでした。それからも、吉岡さんは、独自の目でそしてどの作家にもない世界観で、日々執筆と取材に活躍なさっております。
 マリリンにとっては、実の兄貴以上に素敵でカッチョいい兄貴です。

 セイコちゃん(大木晴子)ちゃんは、今なお毎週土曜日の夕方、新宿駅西口で反戦と平和の意志を貫いています。セイコちゃんのように初志貫徹、こだわりの人生を歩む女性は、現代ではレアな女性だと思います。鉄道、映像カメラマンの大木茂さんの奥様でもあり、妻としてもマジに完璧で、そのお料理の腕はプロ並みです。

 お二人みたいな、若々しくて素敵な還暦を迎えられたらいいなー!!!と、心から思いました。

 吉岡忍さん、セイコちゃん。還暦おめでとうございます!!!

エグザイルの「kiss you」が踊れるぞーーー!

朝から、まとめなければならない原稿があって、ずっとパソコンに向かっていたが、

「ちきしょーっ!なーんも頭に浮かばネーー」

ついにマリリンは発狂したぞー!奈落の底に落ちてやるー!だいたい、マリリンみたいな大雑把な人間がデリケートな物書きをやっていること自体、世界の七不思議の一つなんじゃ。もう、なんもやんねぇー!なんも言えねぇー!!

つーことで、読みかけの花村萬月さんの芥川賞受賞作「ゲルマニウムの夜」をついに読み終えた。
素晴らしい!!!!これこそ新しいタイプの純文学中の文学だ!こういった文章を拝読すると、自信喪失が加速し、さらに自分を窮地に追いやることは知っている。でもね。この窮地がちょっと快感と言えば快感なんですぅ!!

そして、エグザイルの「kiss you」だーい!ヒップホップの特別レッスンで覚えたばかりの振りで、かなり未完成だったが、午後から鏡台の鏡に向かい、「はっ、はっ、はっ」と自分の体にはっぱかけて、何度もリピートして踊っているうちに、じゃーん!完成した。

ついに一曲通して踊れるぞーーーー!年末の忘年会では、絶対にみんなをびっくりさせてやるぞー!
うはははーウィッシュ!忘年会はマリリンにお任せウィッシュ!!

「ウィッシュ」と言えば、DAIGOのフォトエッセイが出たみたいだ。今から、この本でも買いに本屋さんに行こうっと!DAIGOをスリスリしちゃおうっと。

「kiss you」が踊れた自分へのご褒美だもんね。

ちきしょーっ!くだらない事計画していると頭が冴えるのに、原稿書くとなんで頭がボケるの。
ちきしょーっ!なんも頭に浮かばねー。なんも言えねー!





「三浦和義」劇場の終幕

 27年前、ロスで妻を殺害され、一躍悲劇の夫、美談の人となった三浦和義。

 しかし、その美談の人の背後に隠れていたのは保険金目当ての妻殺害の嫌疑だった。それをスクープしたのが「週刊文春」だった。スクープ記事「疑惑の銃弾」により、三浦和義は稀代の大悪党ということで、連日のようにマスコミが狂気の取材合戦を重ねていた。

 どんなにインターネットの情報が進歩しても、正義のために、真実を知るために、「記者は足で稼げ」の記者魂がなければ、現代でもこの事件は暴くことができなかっただろう。週刊誌が、本来の週刊誌の役割を果たした貴重なスクープだった。

 日本では無罪判定を受けていた三浦和義が、サイパンで逮捕された時、私は長い間三浦和義事件を追っていた元ロス市警の日系人ジミー・佐古田さんの力が働いていたと知り、びっくりした。

 27年にもわたり、ジミー・佐古田さんは、なぜにかくも三浦和義にこだわっているのかと、深く考えていた。多分、ジミーさんは日系人であるからこそ、アメリカで犯罪を起こした日本人が許せなかったのかもしれない。

 一種の同胞に対する近親憎悪が、今回の三浦再逮捕にまで発展させたのかもしれない。

 そして、先日三浦和義はロスの独房で謎の自殺をした。事件はまたも藪の中になってしまった。

 ロス事件発覚後、三浦を擁護しかばった2番目の奥さんの良枝さんも、とてもエキセントリックな女性だった。モデル出身のスタイル抜群の美人で、三浦以上に強烈なオーラを放っていた。連日のテレビ局の取材に凛として答え、時には不屈な笑みまで浮かべ、三浦を守るため必死にマスコミ対策をしていたことを鮮明に覚えている。

 三浦和義が自殺したという報道で、すでに良枝さんは三浦と離婚しているとばかり思っていたが、今も妻として三浦和義を守り、今回の自殺に対してアメリカに遺憾の意を表し、近々遺体を引き取りにいくそうだ。

 27年たっても、この夫婦はまるで犯罪映画の主人公のような奇想天外な人生を送っている。見ようによっては、映画「俺たちに明日はない」のボニーとクライドもダブってくる。

しかし、今回の三浦自殺で、確実に「三浦和義」劇団は解散になったことだけは確かだと思った。

胎児の心音

 市から2年に1度の子宮頸がんと乳がんの検診票が届いていた。

 そのタイムリミットが今月末だったので、嫌なものは早めに片付けようと1日がかりで、2つの病院を掛け持ちして検査に行ってきた。

 それにしても、数年前まで子宮、乳がん検診は無料だったのに、いつの間にか500円負担になっているのは、なんで?そのうち全て有料になるんじゃないかと心配だ。

 今月は乳がん撲滅キャンペーンの「ピンクリボンディ」でもあるから、乳がんで最愛の友人を失った私は、乳がんの恐さを知っているだけに、極力受診するようにしている。

早期発見こそ、ガン撲滅の特効薬なのである。

最初の病院は乳腺外来があり、マンモグラフィーを撮るお医者様が女性なので、一応女性の端くれであるマリリンも安心して、乳房をお任せできる。マンモグラフィーは乳房を挟む、超痛い検査だと思われているが、マリリンはちっとも痛くなかった。女医さんは、筋トレやって胸筋を鍛えているから、痛くなにのかもと、おっしゃった。
 
 無事、検査が終わり、結果は1ヶ月先に郵送されるとのことだった。

 次の子宮頸がん検診は、私が娘を産んだ産婦人科で受診した。21年前、私はこの産院で難産もなく、スッポンと娘を産み落としていた。あれから、もう21年も経つのか。かわいい妊婦服を着て、定期健診に通っていたことが、つい最近のように思えた。考えたら、あの時のマリリンってうら若き33歳だったじゃん。

 でも、今じゃ、とっくにヘイケイしちゃって、妊娠なんていうかわいい言葉は、はるか彼方の銀河系から届くような響きで、ピンと来ない。

 大病院なので、検査室がたくさんある。私が検査を受けた隣の検査室が、胎児の心音を調べる所だったので、大きなスピーカーから「ド、ド、ド、ド、ド、ドっ、ドっ、ド、ドっ、ドっ!ドっ!ドっ!」という元気な赤ちゃんの心音が聞えてきた。

 この生命の神秘、この生命の躍動感、そして生命力のたくましさ!!!

 その音に耳を傾けていたら、なんだか感動しちゃって、これから産まれてくるこの赤ちゃんのためにも、日本はいい社会になっていて欲しい!なんて、願っていた。
 

小田実没後一年記念講演会

市民運動家、作家の小田実さんが亡くなられて一年が過ぎてしまった。

小田さんは生前、ご自身は「べ平連(ベトナムに平和を!市民連合」や「九条の会」の市民運動家である前に、作家なのだということを常々仰っていたという。

昨日、神田にある「ベルサール神田」で行われた「小田実没後一年記念講演会」は、作家としての小田実文学だけを中心に開催された貴重な講演会だった。

コロンビア大学教授のドナルド・キーンさん、哲学者の鶴見俊輔さん、作家の澤地久枝さんのご三名が登壇し、小田実さんの文学を徹底的に分析され、書き手としての小田さんの真髄に迫っていた。

日本文学研究者の権威でいらっしゃるドナルド・キーンさんは、小田さんの「玉砕」を翻訳なさり、世界に発信した。小田さんとの出会いをユーモアを交えて、正直にお話になってくださった。


哲学者の鶴見先生は86歳というご高齢にも関わらず、お顔がつやつやとして、お声もパリパリとして、70歳といってもおかしくない。お話も理路整然としていた。小田さんが29歳の時に上梓した、現代の日本の若者のバックパッカーの聖書となった著作「何でも見てやろう」のエピソード。小田さんがハーバート大学に留学し、トーマス・ウルフに感化されたお話などなど、ユーモアを交えて語って下さった。

作家の澤地久枝さんは時間が押してまでも、小田さんが作家としては孤独だったという熱弁をフルっていらした。市民運動家としての小田さんは、「べ平連」や「九条の会」では、中心人物になって活動し、多くの庶民に「平和」の大切さを訴えてきた。しかし、作家である時の小田さんは孤独だったというお話に、古い言葉だが「胸キュン」だった。

以前、別の会で初めて澤地久枝さんにご挨拶した時、私は大作家の澤地さんに、
「澤地さんをいつも応援しています。いつまでもお元気で頑張ってください」と、言った。
すかさず、澤地さんは、
「私を応援するだけじゃ何もならないじゃない。あなた自身も頑張って、共に平和の大切さを伝えていきましょう」と、厳しいお顔で仰った。

私は間の抜けたことを言ったな、と反省していた。澤地さんにご挨拶した言葉は、まるで売れっ子芸能人を応援するファンのおざなりな言葉と似ていることに気がつき、恥ずかしくさえなっていた。

そうだよね。「頑張ってください。応援してますよ」なんて、抽象的な無責任なことを言われたら、どう答えていいかお迷いになるのは当然だ。会場でお顔があったので、私は恥ずかしそうに軽く会釈していた。澤地さんはお優しいお顔で会釈を返してくれた。

小田さんが亡くなって1年余。小田さんの偉業を同世代を生きた人たちだけでに留まらず、今の子供たちにも伝えていかなければと、思った。それをどうアピールしていくかは、小田さん世代よりも若い私たちが、私たちの言葉で表現していくしかない。

会場には、私がいつも参加している「忍野パーティ」のメンバーである、前福生市議の遠藤洋一さん、社会学者の関谷滋さん、健康指導師の山田佐世子さん、そして、もちろん、「べ平連」の元事務局長でいらした吉川勇一さんもいらした。日本ペンクラブからは、小中陽太郎さん、旅行作家の近藤節夫さんもいらしていた。

最近、競馬、映画の仕事に集中しているが、自分自身を客観的に見れ、考え、反省し、そして元気になれる場を、没後一年たっても、小田実さんはまた提供してくれていた。


スキミング詐欺顛末記

 ロンドンのメインストリート、ピカデリーサーカス。

 この繁華街の一角にあるATMで、留学していた息子はキャッシュカードをスキミングされた。ロンドンのATMコーナーは路上の建物の壁にくっついている程度の稚拙なもので、日本のように囲いのあるような個室ではない。

息子が被害に合ったのが、4月の末日。いや、その被害に気がついたのが4月の末日だった。

 その一ヶ月前の3月に残高照会に行った時に、貧乏学生の息子の口座には全財産の1500ポンドが残っていた。日本円にして約30万円だった。それから一ヶ月ほど記帳に行かなかったが、たまたま洋服を買うのに必要な50ポンドを引き出そうとしたら、すでに息子の口座には20ポンドの残金しか残っていなかった。


 3月にピカデリーサーカスのATMを使用したまさにその時、巧妙なスキミング詐欺師にやられたわけである。

 スキミング詐欺の恐さは、キャッシュカードが盗まれたり紛失したわけでないから、手元には自分のカードが残っている点だ。いつのまにか、磁器で読まれ、知らない間に犯人によって自分の貯金が払い出されているのだ。

 銀行にその被害を通告すると、1ヶ月の間に、ロンドンのあちこちのATMで、1日の引き出し限度額の約80000円が4回にわたり、犯人に払い出しされていた事実が判明した。


青ざめた息子から電話がきた。

「もう、オレの全財産が無くなってしまったよー。ケンブリッチ検定を受ける日まで、お金が全くないよ。これじゃ、飢え死にしてしまうよ」

 という、半分泣きべその声だった。貧乏学生のカードをスキミングした犯人が憎くてたまらなくなった。7月に帰国するまでの間、息子は一文無しになってしまった。

 これは大変だと思い、早々に国際送金してあげたが、息子の手元に届くには最短でも1週間はかかる。ホームレス学生になるのは目前だった。

 しかし、持つべきは友達だ。ドイツ人、スイス人、イタリア人の学校の友達が、息子を助けてくれた。みんな息子と同じような貧乏学生だけど、食料をカンパしてくれたり、小銭を貸してくれ、なんとか一週間は食いつなぐことができた。

 帰国して3ヵ月後に、被害にあった全額は銀行が保証してくれたので、親子で胸を撫で下ろした。日本で被害に合うよりも、海外でこういった被害に合うとかなり複雑な手続きが必要だ。物事が円滑に進まない。息子はロンドンの警察に何度も足を運び、取引銀行に何度もそのことを報告していた。


 この事件をきっかけに、犯罪用語の英単語に詳しくなったというから、怪我の功名と言えばそうなんだが…。

 海外で国際キャッシュカードを使用する場合、路上にあるATMは避けて、面倒でもバンクに入り、そこのATMを使うことが唯一の防衛である。そして、こまめに記帳はした方がいい。

 これから海外に行く人たちにとって、このスキミング詐欺の顛末が役に立ってくれたら、光栄である。

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