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編集者の力

 やっと、ドタバタから解放されつつある。

 2月下旬から今日に至るまで、まー、よく動いて、原稿を書いたこと…。

 ところで、日本ペンクラブの主催の「災害と文化」は大成功に終わりました。「マリリンの日常日記」をご覧いただき、ご来場して下さった皆様に改めて御礼申し上げます。初日のオープニングセレモニーの大江健三郎氏の講演は、チケットが完売になってしまい、会員の私も聞くことができませんでした。本当に残念でした。


 で、話は変わるが、弱小な物書きの私だが、今改めて編集者の力に敬服している。物を書くというデリケートな仕事をしているわりに、私自身は現実生活では大雑把でいい加減な体育系の人間だ。

 携帯メールなんか、まるっきり変換なんか気にしないで、バスバス打っている。送信した相手に「意味不明で何書いてあるかわかんない」といつも怒られる。

 最近の意味不明のメールでは映画の題名の間違いである。「告発のとき」という映画が良かったので、そのことを友人にメールすると、出てきた文字が「濃く歯津の解き」になったり、駅で待ち合わせしていた友人に「今ついたところ」と打つつもりが「今ついた所ジョージ」となったりする。

 最高に傑作なのは「覆い系葉状に生野がタ野染み」と打った。これは正式には「大井競馬場に行くのが楽しみ」と打ったつもりだった。

 きっと、一番最近使った言葉が携帯のメール履歴に残り、こんな結果になるわけだ。打ちっぱなしの弊害に、友人なら冗談で済まされるが(いえ、済まされない?このブログ読んで、いつも意味不明のメールもらう人は内心、私を張り倒そうと思っているかも?そしたら、ごめん)、仕事ではこんなことやったら、早速クビである。

 仕事の原稿はパソコンの「ワード」を使って書いているから、ほとんど変換ミスはないが、それでも、「てにをは」が間違ってたり、接続詞の使い方がおかしかったりする。そんな時には担当の編集者が速攻に「赤」を入れ、修正を求めてくる。そのアドバイスが適切で的を射ていて、私の元の原稿が生き生きと生まれ変わるのである。

 映画、競馬ネタでコラムを書いているから、私は一般の方よりも専門的な知識があると、高をくくっていたが、原稿を依頼する編集者はそれ以上に勉強していて薀蓄があり、すぐ私の書いた原稿の事実関係や固有名詞の間違いを指摘してくれる。

 そのおかげで、最近私は恥をかかずにすんだことが多々あったのだ。

 今さらながら、編集者の有能な力に驚嘆し、敬意を表している。

 昔気質の友達の編集者の口癖で、「書き手と編集者は同性であろうと異性であろうと、一つの目的に向かって歩く夫婦みたいなもん。」と言っていたが、本当にそうだと思った。

言葉を知り尽くし、言葉を大切にする編集者の力あってこそ、物書きは生き残れるんだと思う。


 だから、携帯メールも活字の一部であるのにはかわりない。仕事とはかけ離れているが、これからは携帯メールの文も気をつけて打たなければと反省した。

 しかし、さっき友達に打ったメールを読み返して、気絶しそうになった。

「元気?矢っと、非と壇楽ついた。今集中に歯和えると思うよ。ランチでもし様ね」

打っている私自身でも難解でわからない。もらった友達が、ハラワタが煮えくりかえるのも無理もない。

 でも、本当に今度から絶対に気をつけよーっと。

 反省、反省。





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