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秋天を走ったコスモバルク

今日、コスモバルクが秋の天皇賞を走った。

先日、ビッグレッドファームを訪れた時、実を言うと輸送前に、馬房でバルクに会ってきた。

バルクの表情は明らかに変わっていた。シンガポール航空国際カップの世界G1奪取がバルクの自信になって、まるで中堅クラスの男優が悲願のアカデミー賞主演男優賞に輝き、オスカーの舞台で堂々とスピーチしているような誇らしげな顔だった。

馬房でバルクのキラキラする瞳を見た時、その愛らしさと高潔さに度肝を抜かれてしまった。今まで、競馬場のパドックやトラックでしか見ていなかったコスモバルクだが、バルクの日常ってこんな顔だったんだと、思いもかけない自信たっぷりで健気な顔にびっくりしていた。

戦士のほんのちょっとの休息に触れた私は、どうしても今回の国内G1の天皇賞を勝たせてやりたい。なんとしても勝たせてやりたい。神に願うように本馬場のラチ沿いのプレス席で手を合わせていた。

結果は4着だった。ここまでバルクの優勝を願っていたのに、不思議なことに、私はちっとも落胆しなかった。むしろ実にクリアーで心地いい4着に拍手を贈っていたのだ。偏屈で歪んだ私は、マゾヒストかなぁ。ペシミストかなぁ。今日の天皇賞でもし勝ってしまったら、私のバルクへの夢はここでお終いになってしまう。シンガポールでの海外初G1制覇と国内初G1制覇を見届けてしまったら、もう何もなくなってしまう。紆余曲折があるから、これもまたバルクなんだ。

バルクにはまた未来が出てきた。夢が出てきた。可能性が出てきた。いつか、バルクはやる!国内初G1制覇!それを信じて、バルクが走れる限り応援してやろう!そんな頑強で逞しいファン心理が、私の心の中で再生されていた。

もちろん、バルクがらみで馬券を5000円ほど投じてしまったから、結果は大はずれ。大損だった。でも、いい。ちっとも惜しくなんかない。

寺山修司の名言がここでも頭をよぎった。

「賭博には人生では決して味わえぬ敗北の味がある。競馬ファンは馬券を買わない。財布の底をはたいて自分を買っているのである。」

ねっ?素晴らしい言葉でしょ?




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強靭で暖かな骨

夏に亡くなってしまった、作家の戸田杏子姉御。

あなたのいない今年の秋は、とても寂しかった。孤独だった。執筆に行き詰まったり、人生が悲しく思えた時、私はどんなにあなたに励まされたでしょうか。

あなたが、東京の家を売り払って、亡きご主人の薮内正幸画伯の美術館を小淵沢・白州に建てる計画を立て、それをたった2年間で実現してしまったパワーには今でも敬服しています。こんなドラスティックな女性に私は生まれて初めて会いました。


8年間もガンと闘い、いつでもあなたと死は隣あわせでしたね。ガンが再発するたびに、治療の効果が出て、お医者様がびっくりするくらい、ガン細胞が消えて、それはたくさんのお友達を何度もホッとさせてくれました。

今年の夏も、また、見事に復活して、おいしいタイ料理をこしらえてくれるとばかり思っていました。美術館のすぐ隣にあるあなたの新居に泊まり、その晩、バーベキューをして、仲間と盛り上がったのが5月の連休の日でしたね。ビールも一杯飲んで、健康な友人たちの誰よりも大きな声で笑い、しゃべっていたあなたが、それから数日後に様態が急変してしまったとは…。

あなたにはいっぱい肩書きがありました。作家、タイ料理研究家、薮内正幸夫人、一人息子の母親、薮内正幸美術館館長etc。でも、あの5月のあの日だけは、誰のものでもない、私たちだけの素敵な戸田杏子さんでした。

あなたの花火のような、最期の輝く瞬間を共有できたんだから、もう嘆いてばかりいられませんね。

土日と恒例の忍野パーティに出席しました。作家の戸井十月さんや吉岡忍さん、タイ語の研究家の「あかだし君」こと岡本和之さんがあなたの思い出を語っていました。

日曜日は晴天。でもなぜか富士山は見えなくて残念でしたが、戸井さん、じゅんき、みかよちゃん、あかだし、もりや、佐伯さん、川勝さんと一緒に美術館にあなたの散骨にいきました。

休日の「薮内正幸美術館」はそれはたくさんのお客さんで一杯でした。ヤブさんの素晴らしい作品の一画に「戸田杏子追悼コーナー」があって、そこにあなたの著書がたくさん並べられていました。夫婦揃って、これだけたくさんの作品を持っていることに改めてびっくりしました。

でも、「追悼」という言葉に、もうこの世にあなたがいない、美術館では2度とあなたの姿が見れないことが現実になり、また、メソメソと泣いてしまいました。これではいけない。戸田姉御が怒ると思い、気合を入れて、私の大好きなあなたの作品「世界一の日常食、タイ料理を食べる作る」(晶文社)を買いました。いつもあなたにご馳走になるばかりのタイ料理でしたが、今度はどこまであなたの味に近づけるかわからないけれど、タイ料理を作ってみますね。

ご子息が、あなたの元気で頼もしいお骨を用意してくれました。元気で頼もしいお骨という表現はおかしいですよね。でも、袋から取り出し、この手に握りしめたあなたの骨は強靭で暖かくて、私にエネルギーとパワーを与えてくれるような感じでした。

ご自宅の秋の花が咲き乱れるお庭にそっとあなたのお骨をまきました。土に戻って、そしてお花の種になり、また綺麗なお花となってこの世に戻ってきてくれることを願いながら。

すると、不思議なことに一匹のトンボが現れて、散骨していた友人の肩にそっと止まったのです。皆が「戸田さんがきたぞー」と喜びました。あのトンボはやっぱ戸田姉御だったんだよね?

これからも、いつまでも、動物になり花になり、この世に姿を現して、私たちをずっとずっと見守っていてくださいね。

さよならは言わないよ。いずれまた、どこかで会おうね。戸田姉御!

ディープインパクトを襲った深い衝撃

 先日、クリント・イーストウッド監督の硫黄島の戦いをアメリカ側と日本側から撮った問題作品の第一部ともなる「父親たちの星条旗」の試写を見て、かなりの衝撃を受けた。日本サイドから撮った第二部ともなる「硫黄島からの手紙」の試写が待ち遠しい。

 今日、「父親たちの星条旗」のスタッフの来日記者会見があった。しかし、この作品よりも、もっともっと衝撃を受けたのが、ディープインパクトの禁止薬物検出の事件だった。


 ここ数日、ディープの引退にまんじりともしない気分になっていたら、なんと昨日(2006年10月19日)、「凱旋門賞」のレース後の検査でディープの体から禁止薬物が検出されたそうだ。禁止薬物はイプラトロピウムという人間用のぜんそく薬で、気管支を拡張させる作用があるが、日本の競馬法では禁止薬物に指定されていないそうだ。

 どういうルートでこの薬がディープの体に入ったかは今の段階では不明である。しかし、フランスでは禁止薬物と指定されていたのだから、ディープ関係者のフランス競馬に対する無知からきたことで、本当に残念でならない。
 
 私はこのニュースを聞いた時、咄嗟にアメリカ映画「ミッドナイトエクスプレス」( 1978年 米)の主人公を思った。ほんの出来心でハシシをトルコ国内に持ち込んだアメリカの青年が、トルコ政府から刑期30年の極刑を言い渡され、投獄されるという話である。

 アメリカではハシシは微罪であるが、トルコではそうはいかない。訪れる国の内情や情勢、法律を深く学習し、理解して旅に出ないと、人はとんでもない事件に巻き込まれる。異国というのはそんなものなのである。ただ、このアメリカの青年は人間であり、自分の責任でハシシを持ち込んだが、ディープは競走馬である。競走馬は自分では禁止薬物を飲むことなんて到底できない。

 人災に巻き込まれ、晩節を汚されたディープインパクトが不憫でならない。

ビッグレッドファームのレーコちゃん

日曜日、月曜日とタイトなスケジュールだったが、久しぶりに北海道の日高に飛んだ。

日高は晴天なり。そして、我が親友、元ビッグレッドファームのスタッフ、レーコちゃんが迎えてくれた。彼女のことは、11月1日出版予定の「競馬場のマリリン」の続編ともなる「三角のマリリン」のコスモバルクの章に登場していただいている。レーコちゃんは、去年、バルクの夏越えの短い間だが、調教を担当した女性である。それなのに、この道10年の大ベテランのレーコちゃんが、去年の暮れ、コスモバルクが有馬記念で走った前日のクリスマスイブに現役を辞めた。その理由は結婚である。素晴らしい男性に出会い、彼女は今まで培ったきたスキルや経験を退いて、愛する男性の妻になることを選んだ。

いい女ほど早く売れていく。女の私から見ても、素敵な女性はやっぱ、世の男どもはほっとかないんだよね。菅野美穂ばりの美女、しかも性格も最高にグー。気配りがきいて、優しくて、謙虚で。私は自分の娘にも、こんな女性になってもらいたいと思っている。

26歳だとばかり思っていたら、「今年で30歳よ、マリリン。サバ読んでくれてありがとう」とレーコちゃんはお茶目に笑った。そうだ、知り合った時が26歳だったから、私の中でレーコちゃんはいつまでも26歳のまんまだった。

今回の拙著「三角のマリリン」では、レーコちゃんの現場からのリポートが満載である。ビッグレッドファーム代表の岡田繁幸氏の思いもよらぬ私生活の一面や、外厩認定厩務員第一号の成田さん、バルクの調教主任の島崎さん、オブライエン厩舎で働いていた末松さん、そして、シンガポールの伝染病で足止めをくった時にバルクに引率した榎並厩務員のレアなコメント。

スタッフのバルクへの思いが熱く語られている。

このレーコちゃんのレポートは物書きの私でも、頭が下がる。つまり、現場で実際にバルクに関わってきた人間とメディアという虚構の世界、外野の人間との思い入れの差かもしれない。

レーコちゃんは、いつものように、繁養されている愛すべきアグネスデジタル、アドマイヤマックス、マイネルマックス、マイネルラヴを案内してくれた。

私が一昨年、某テレビ局から受けた仕事で、1年ぶりに復活宣言をしたものの、春の天皇賞で惨敗した「ヒシミラクル」の実現できなかったDVD製作。ミラクルがレックススタッドで種牡馬になったことは聞いていたが、レーコちゃんのご配慮でミラクルにも会うことができた。ミラクルが元気におとっつぁん業に励んでくれていて一安心だった。



そして、もっともっと気絶しそうなくらいうれしい出来事が2つほどあった。

これは、もう少し、落ち着いたら、書くつもり。伏線はコスモバルクと
マイネカトリーヌとアグネスデジタルの子供のこと。

あーあ。日高はいいね。最高だ。馬以外いないもんね。大自然と馬。あくせくしていた私に一服の清涼剤になってくれた。

と、まったりしていたら、「週刊ポスト」の記者から、ある出来事のコメントの電話があり、またあくせくしてしまったマリリンでした。







ディープインパクト、引退!!!

そのニュースを聞いたのが、歌舞伎町の韓国料理店だった。

一緒に食事していた方々に「ディープインパクト年内で引退ですって!」と叫ぶと、全く競馬に興味のない方々であったが、「だって、先週フランスで走ったばかりなのに、もう引退なの?」と驚いていた。

ディープ陣営が、来年また「凱旋門賞」に再チャレンジすると伝えられていたので、来年こそロンシャン競馬場に応援に行こうと決心していた矢先のことだった。私は驚きよりも裏切られたような気持ちで一杯になった。

ニュースの詳細があまりわからなかったので、帰宅して夕刊紙を読んだ。51億円のシンジケートが組まれての種牡馬入りだそうだ。51億円。気絶しそうな金額である。

少しだけ冷静になっていた。もし、私がディープインパクトの馬主だったら、51億円という金額に心を動かすに決まっている。一刻も早く、無事なうちに、種牡馬にしていたかもしれない。そして良血の子孫を繁栄させ、第2のディープインパクトの登場を待ちわびるかもしれない。

しかし、一方のファンの気持ちに立った時、ヤンキースの松井選手のお母様を思い出していた。ある番組で松井選手のお母様はアメリカで活躍するわが子を見て、「もう、あの子は私がお腹を痛めて産んだ息子ではない。とても寂しいことですが、世界中のファンのものになってしまったんですね」と言った言葉が凄く印象的だった。


ディープインパクトは競馬の松井なのである。全く競馬に縁の無かった人々に、ターフという戦場で美しくも強靭な疾走を見せた英雄なのである。そして、「凱旋門賞」というレースがいかに奪取するのが難しいものであるかを教え、欧州の競馬の厳しさと壮絶さを一般庶民の目線まで持ってきてくれた競走馬なのである。ディープの活躍はこれからではないか。

馬主さんは松井のお母様のように、「ディープインパクトはもう私だけのものじゃない、世界中のファンの皆様のものになってしまった」という境地にまでなっていただけなかったのは、非常に残念でならない。

ただ、これはあくまでも一ファンとしての願望であるから、先にも書いたように、私がディープの馬主なら引退させていたかもしれない。

とにかくファン心理と馬主の心理の狭間を行ったりきたりの非常に複雑な気持ちにさせたディープインパクトの引退ニュースであった。

女の武器

女の武器と言えば、もちろんあれのことでしょう。

その昔、私の周囲にはこの女の武器を使って仕事を得ていた女のライターが多かった。マスコミはリベラルで自由な世界と思われがちだが、リベラルで斬新さを保つがゆえに、根はコンサバで男尊女卑がまかり通っていた。多分、男と女がいる限りそれはどの社会でもありうることで、これからも変わらないのかもしれない。

幸い、私は仕事を得るために、一晩付き合えとか、セクハラを受けたことなど無かった。男を待ち伏せすることはあっても、男に待ち伏せされたことなども1度も無かった。

いえ、これを幸いというのか。幸いではなくて、実は女として不幸なことなのかも知れない。友人の作家のTさんに「お前はすご過ぎ。ない実力と才能だけでこの世界を渡ってきたんだから。ま、男がらみのスキャンダルがなくて、ある意味ではかわいそうな女かもしんないね」と皮肉を言われた。

「ない実力と才能?これは実力と才能がないということか。うっ?かわいそうな女…」最初はほめ言葉かと思ったら、実はけなされていた。作家というのはこういった言葉のロジック(昨日の毎日王冠のロジックは負けた。ロジックは私と同じようにロジックがなかった。トホ)
を使うので、気をつけないといけない。

そうか、20代の一番若くてピチピチしている時代にも、全く誘惑がなかったんじゃ、今ならもう皆無。まるで「ドラゴンクエスト」で武器が無くなった裸のキャラクターみたいなもんだ。武器のない私はいつも丸腰の状態である。しかし、丸腰の女は別の意味で強い。身辺がロハスであるがゆえに、どの男友達と二人きりで飲んでいても、ウハウハ笑っていても、旦那も友人もなんとも思わない。

旦那なんか、自分が相手するよりも、妻が他の男といる方が七面倒臭くなくて、かえって喜んでいる。もっとも、私と旦那は会話など成立しない。一方的にマシンガン銃のように私がしゃべり、旦那が話し始めた途端、寝た振りをする。このせいかもしれない。

しかし、時代は高齢化に向かっているのは確かだ。最近は渋谷のセンター街にもジジィ、ババァの姿をたくさん見かけるようになった。丸腰の私だか、いつかは女の武器を使える日がやってくることをただ、ただ祈るばかりである。

しかし、「ない実力と才能だけで渡ってきた」とはよく考えるとあまりにも酷くねぇ?Tさんよ!!!


「苦しみは変わらない、変わるのは希望だけだ」よ。ディープインパクト!

これが競馬。これこそ競馬。だから、競馬が愛しくてならない。

もちろん、ディープインパクトが凱旋門賞馬に輝いてくれたら、こんな斜に構えた言い方はしていないだろう。きっと私は日本初の凱旋門賞馬の登場に酔いしれ、浮かれまくって、その栄光に手がちぎれるほどの拍手を贈っていただろう。

でも、結果は3着だった。これはまごう方無い事実である。敗因?そんなもん、必要ない。惨敗ならば、敗因と言うが、3着ならば、敗因にはならないではないか?

ディープは今回のロンシャンの芝でスパイダーマンのように飛べなかった。襲いかかるレイルリンク、プライドの谷間をスイスイと飛ぶことができなかっただけ。

スパイダーマンも、人の子供。ディープも競走馬。生身の生き物には絶対もなければ、確約もない。スパイダーマンだって、時には飛べないこともあるのだ。

ビリー・ワイルダー監督の「お熱いのがお好き」のラストシーンの名セリフ「Nobody is Perfect」。ディープ、完全な人間はいないよ!と、

そして、大好きな寺山修司の言葉「苦しみは変わらない。変わるのは希望だけだ」をディープインパクトとがんばってくれた武豊騎手に贈ります。

まだ、まだ、凱旋門賞は続きます。来年こそは、古馬の貫禄で、「偽りの直線」もなんのその、ブローニュの森、パリのマロニエの並木道に、ディープの勝利に狂乱した日本人ファンたちが闊歩していますように!
そして、私も来年こそはそのお仲間に入れてくださいな。
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