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さよなら、JRA…。

 さして、大袈裟なことではない。

 一人の中山競馬場の馬券発売窓口で33年も働いていたきた女が、たまたま退職願いを出しただけのことである。でも、その女にとって、ここに淘汰するまでにはおよそ1年の歳月がかかった。なぜか?

 まずはその収入である。その女の日給は約1万7000円。中山開催は年間40日間あり、その日数の半分弱がボーナスとして支給される。だから、トータルすれば、パート主婦でありながら、約40日間で約100万円を稼いでしまう。この収入は女が18歳の大学生の頃にバイトを始めて、30数年も在籍していたからこそ、得られる収入で、最近バイトで入った従事員はこんな高額をもらえない。

 1万7000円という金額を聞くと、世間は、破格の給料であると思うだろう。だが、女にとって、この1万7000円の給料は決して高いものではなかった。
 
 遡れば30年前、遡れば20年前、遡れば10年前、そして、退職願いを出した2005年の9月まで、競馬は10年おきに、ソフトの面で大きく変わった。馬券の種類もそこに訪れるお客の種類も発売ノウハウも全く変わってしまった。ただ、一つ変わらないのは、JRAや競馬メディアがいかに美しく競馬を飾ろうが、競馬場は賭場という厳然たる事実である。

 賭場である以上、馬券は商品ではない。大金を産む証文書であり、または全財産を失ってしまうかもしれない危険な手形なのである。負けが込んだお客に唾をかけれらたこともある。怒鳴られたこともある。胸倉をつかまれたこともある。それとは正反対に馬券を当てた優しいお客から、みかんの差し入れももらったこともある。賭場で働くというのは、スーパーやコンビニで働くのとは全く違う。いい時もたくさんあるが、ある時には命がけのおっかない商売なのである。だから、女にとって1万7000円は当然の報酬なのである。

 とはいえ、賭場で働いたお金で、女は子供の塾代や住宅ローンも払い、家計を助けた。元々、フリーライターであった女であるが、原稿料ではこれだけの額は稼げない。ライターの仕事はあってないようものだから、この収入は女にとって、唯一安心できる媒体であった。また、女は馬券売り場で働いたエピソードを書いたら、JRAの機関誌「優駿」でエッセイ賞の佳作も貰った。それが縁でデイリースポーツの競馬紙「馬三郎」で連載も始まった。その連載が本にもなり「競馬場のマリリン」が生まれた。いつのまにか、女に競馬エッセイストという肩書きがついた。競馬場で働いていたからこそ、女の人生は大きく変わった。

 今、女の上の子供は社会人になり、下の子供は来年大学生になる予定である。教育費は相変わらず女の家計を逼迫するだろう。女は馬券を売るか原稿を書くしか能のない人間である。女の人生の均衡はこの2種類の仕事で保たれていた。しかし、女は1年ほど前から、巨大な組織に身を置くことに疑問が出てきた。競馬をこれから語っていく以上、巨大な組織は女を守ってはくれるものの、そこには規制も確実に働くだろう。

 買ってはクビになってしまう馬券も、思いっきり買ってみたくなった。内側からしか見てなかった中山競馬場の発売窓口で堂々と馬券を買ってみたくなった。内側にいたがゆえに、女は中山競馬場の外の設備や施設をほとんど知らない。外から中山競馬場を存分に味わってみたくなった。

 それだけでない。どんなに辛い茨の道が待っていようが、女は重い鎧を脱いで、真っ裸になりたかった。自由に大空を飛んでみたくなった。馬券を売ることと、原稿を書くことで均衡の取れていた女の人生から一つの仕事が消えた。馬券を売ること。しかし、仕事は消えても、女の心の中にある、30数年間にわたる発売窓口の思い出は一生消えることはない。まだ、まだ、語り尽くしていないこともたくさんある。裸になった女はいまだかつて語ることのできなかったエピソードも、今度は縦横無尽に書いていこうと思っている。


 明日は9月25日。中山競馬場では「オールカマー」、阪神競馬場では「神戸新聞杯」が開催される。神戸新聞杯には無敗のあの超人、いえ超馬、ディープインパクトが出馬する。今年の競馬の命運はこのディープインパクトにかかっていると言っても過言ではない。無敗の3冠目指して、ディープインパクトが大空に飛び立つだろう。女はそんな記念すべき日に競馬場を去ることができて、幸福者だと思っている。

   さよなら、JRA…。
 
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輝けバルク/コスモバルクのCD

 ビッグレッドファームのスタッフのレーコちゃんから、気絶しそうなくらいうれしいプレゼントが届いた。なんと、コスモバルクのCDである。早速かけてみた。



一   手綱握れば奮い立つ
    みんなの夢を知っている
    北は札幌 旭川
    大きな春を差しきった
    輝けバルク
    コスモバルク

二   自然がおまえを癒すから
    明和のまきばで 休もうか
    長い馬運車(くるま)の輸送にも
    耐える力は附いている
    期待の走り 見せるまで
    輝けバルク コスモバルク


三   夜明けの森に 響かせて
    坂路にひづめの 汗が飛ぶ
    鍛え抜かれた  馬体から
    ジャパンカップの 差し返し
    ターフの華よ  北の星
    輝けバルク コスモバルク

         ※(ふじしずか作詞、幸斉久美作曲、石原重信編曲
           歌/前川ひろと  製造・コロンビアミュージックエンタテインメント)
              
              より転載させていただきました。

 
 ぎょ、ぎょ、ぎょ!メロディは限りなく軍歌に近い演歌。歌手の前川ひろとさんの唄い方は、氷川きよしの再来みたい。あまりにもシンプルであるがゆえに、一度聴いただけで、メロディも歌詞もシミ豆腐のように頭に湿潤してきた。2~3回聴いたら、3番目まですっかりと唄えるようになっていた。うれしいことに3曲目にはカラオケバージョンがあったので、すかさずトライしてみたら、自分でも惚れ惚れするくらい気持ちよく唄えた。2曲目に収録されている「月見酒」はコスモバルクとは無関係の恋愛歌であるが、これも胸に染みる。

 毎朝、日替わりでハードロックのCDをかけているのだが、「輝けバルク」もいつの間にか私のお気に入りになっていた。レーコちゃんが「ロック好きのマリリンの趣味には合わないと思うけど」と恥ずかしそうに言っていたが、最近、こんな正攻法の演歌を聴いたことがなかったので、ボンジョヴィのニューアルバムよりも新鮮な感じがした。コスモバルクを愛し、その戦績を知っている人なら、3番目の「ジャパンカップの指し返し」のフレーズには涙が出るのではないだろうか?ゼンノロブロイには完全負けしたものの、ポリシーメーカーを差し返し、2着を死守した粘りに、「やっぱバルクはスゲーっ!」と唸っていた。


 一時、コスモバルクは中央競馬の移籍も視野にいれたが、マイネル軍団の団長、岡田繁幸さんのこだわりで今もなお北海道所属のまま、がんばっている。「こだわり」はハタから見るれば、時として「頑固」に思われる時がある。しかし、このこだわりこそ、長く暗いトンネルを潜って、歩いて行かなければならない地方競馬場の、足元を照らしてくれる誘導灯になってくれるのではないだろうか。


 もっとすごいニュースがレーコちゃんの口から漏れた。このたび、コスモバルクの調教は、このレーコちゃんが担当することになったそうだ。東京生まれのレーコちゃんは、馬好きが昂じて、単身、ビッグレッドファームの門を叩いて、はや10年のベテラン。色白のそれは可愛いお顔のお嬢さんで、性格も穏やかで優しい。「大役を任せられ、不安ながらも女性ならではの感性でコスモバルクの調教に挑んでいきたい」と言っていた。今年は牝馬の当り年と言われているが、馬に関わる人たちも、女性の当り年になってほしい。


 コスモバルクの次走は「毎日王冠」予定。レーコちゃんの調教の成果で、ジャパンカップ以来、ちょっと伸び悩んでいるバルクが見事な復活劇を果たしてくれることを祈っている。
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