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息子の給料日

 この一週間、仕事が忙しくてまともに夕飯の支度もしていなかった。
昨日はなんとか一段落したので、珍しく手の込んだ料理がしたくなり、、台所に立っていた。冷蔵庫に家宝のように大切にしまってあった近江牛。多分、家の冷蔵庫の中身史上、初で最後の霜降りの超豪華なお肉になるだろう。

 いつ食べようかとその日を虎視眈々と狙っていた。

「あ、そうだ!今日は夫の給料日だ」。いつもやりたい放題やらせていただいてありがたいと思っているのに、それなのに、どういうわけかいつもいじめてしまう夫に感謝の気持ちをこめて、「今日はこれを焼こう」と決心。焼肉に合わせて、カブとベーコンのスープを作り、キャベツの千切りでコールスローサラダを作った。冷奴の上には生にんにくのすりおろしをたっぷり乗せた。冷蔵庫の発泡酒「麒麟の淡麗」もほどよく冷えている。


「ただいまーっ!」とでかい声で帰ってきたのは、なんと夫ではなく、今年の4月から社会人になった息子であった。食卓に並べたお料理を見て、
「へー、おふくろさん、今日はずいぶん豪華ですね。原稿終わったの?あーあ腹減ったー」

 どこの家庭でも、平日に家族全員揃って夕飯を食べれる家は少ないと思う。一人が帰って来ては食べ、すると次のが帰る。一家の主婦はその都度、延々と台所を行き来するのである。そう思うと、主婦の仕事は取材や執筆よりも大変な作業だと思う。仕事には終わりの充実感と達成感があるが、主婦の仕事には終わりはない。無限に続くのであるから。

 一番乗りの息子がハイエナのように夕飯にむしゃぶりつく。「あー、うめー!最高じゃん、この肉!!!」
こんなガキに食わせるのには贅沢過ぎる代物なので、せこい私は「パパや妹の分まで手を出すんじゃないよ!」とクギをさした。

 こんな言葉が出るのだから、つくづく、近江牛を食べるような家柄ではないなと思った。言ってるうちから情けなくなってきた。

 満腹になった息子が通勤用の鞄から私の大好きなキャラクター「りらっくま」の封筒を取り出した。

「ハイ、いつもお世話になっています。ほんの少しですが」と私に手渡した。

 中にはピンピンの1万の新札が3枚入っていた。そうだ、今日は夫の給料日だけでなく、息子の給料日でもあったんだ。

 その3万円を握り締めていたら、急に涙が溢れてきた。

 息子は今でこそ1メートル78センチの大男であるが、小さな頃は病弱だった。1歳半で小児ガンの疑いをかけられ、大学病院で大手術をした。事なきを得たと安心していたら、3歳の時に、呼吸困難になるまでの扁桃腺肥大で緊急手術をした。産まれてから3歳になるまでの間に、なんと2度も体にメスを入れたのだ。

 あの小さな息子が一生懸命、病気と闘っていた姿を昨日のように思い出す。そして母親の私も若かったからこそ、肉体的にも精神的にも乗り切れたのかもしれない。

 今また、ピンピンの3万円を強く握り締めている。この3万円は額に入れて、大好きなアグネスデジタルの写真の隣に飾っておこう。
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船橋競馬場のランディ・ローズ

昨日、船橋競馬場で初めて馬のセリを見た。

 1歳馬、2歳馬のトレーニングセールである。日高で開催されるセレクトセールと違って、高値の取引ではないと聞いてはいたが、最高額が2000万円以上にセリあがった時は興奮した。1頭のサラブレッドに2000万以上も払える人もいるのだから、不景気とは言っても、金のあるところにはあるもんだと思った。かと思えば、全く買い手のつかない馬もいる。そんな馬たちは「主取り」と言われ、生産者が引き取るのである。

 買い手のつかない馬の表情はどことなく元気がなく悲しそうだ。「ねー、ボクを買ってくださいよ。一生懸命走って、馬主さんを儲けさせますよ!」と自己PRしたくても、しゃべれないからなおさら不憫だ。買い主がつかなければ、競走馬への道が閉ざされてしまうのだから…。ちょっと、おセンチになっていたが、これも競馬の側面。いい勉強になった。

 トレーニングセールでは、また一つの新しい出会いがあった。私をこのセリに誘ってくれたのがフォトグラファーのMちゃん。そのMちゃんの紹介でお近づきになれたのが船橋競馬場の厩務員さん。

 な、な、なんと彼は私の大好きなギタリスト、ランディ・ローズの大ファンであった。もう、うれしくて、うれしくて馬のお話を聞かずに、ずっとランデイ・ローズの話で盛り上がってしまった。好きな曲も同じ。もちろん「ミスタークローリー」。私が2回目のランディのソロが大好きだと言うと、彼もそうだった。オジー・オズボーンから、ホワイトスネイク、ハロウィン、ガンズ&ローゼズ、モトリクルーまで話が飛び、まるでへヴィーメタルの聖書「バーン」の世界。馬を眺めながらメタルの話ができたなんて、なんてシ・ア・ワ・セ!!!。最高に贅沢な一日だった。

 競馬の世界はある種、職人の世界だが、、競馬以外のことは何も知らなくてよかったのは過去のこと。こんなサブカルを持った競馬関係者がどんどん増えてくれるのはうれしい。ランディ・ローズのギターはやはり不滅。競馬とだってリンクちゃうんだから。

 心残りは売れ残った馬たち。私が年収100億円あったら、全部買い取って、アルバム「トリビュート~ランディ・ローズに捧ぐ」の曲名の馬名をつけるんだが…。「クレイジートレイン」「ミスタークローリー」「アイドントノウ」「ビリーバー」「パラノイド」「ディ」。

 なんていい名前!でも、いつになったらそんな夢がかなうのだろうか。

関西のヒシミラクルファン

春の天皇賞。最終2番人気にまでになったヒシミラクルは16着に敗れ、結果、4回目の奇跡を起こすことはできなかった。敗因がなんであれ負けてしまった事実は変わらない。とにもかくも、月並みな言い方だが、怪我もなく無事完走してくれただけで、今は良しとしよう。
 
 ミラクルの取材中、今まで私が一度も経験したことのなかった役目が一つあった。それは、競馬場に来ているミラクルファンを見つけ出し、ミラクルの魅力ついて話してもらうインタビューだ。街頭インタビューと同類のようなものである。

 1回目は東京競馬場のジャパンカップの日。この時は苦戦した。ディレクターやカメラマンに協力してもらい、東京競馬場にいる多勢の観客の中から、ヒシミラクルファンを探すのだが、なかなか見つからない。3時間探して話してくれたのは8人ほどだった。

 2回目が昨日の京都競馬場。パドックや検量室前、本馬場も取材しなければならないので、ミラクルファンを探して撮影する時間はわずか1時間。おまけに大粒の雨が降ってきた。スタッフも私も焦っていた。一体ミラクルファンは見つかるのか、いや、見つけても画面に登場してくれるのかと、不安を抱えながらマイクやカメラのセッティングをしていた。

 「何の取材なんや?テレビですか?」

23歳くらいの男の子二人が突然、私の肩を叩いた。

 「えっ?まぁ。ヒシミラクルのドキュメンタリーを撮っているんですけど。ひょっとしてミラクルのファンの方ですか?」

その男の子たちは満面の笑みを浮かべ

 「もちろんや!今日はミラクル応援しにきたんですぅ。ミラクルの復活を見にきたんですぅ。ミラクルが勝てば、世の中が明るくなりますわぁ。」

 幸いかな、獲物は待たずして、向こうから飛び込んで来てくれた。インタビューには快諾もいいところ、むしろ、待ってましたとばかり、堰を切ったように話してくれた。時間オーバーになりそうだったので、キリのいいところで「ありがとうございました」とお礼を言うと

「あ、最後にもう一言だけしゃべらせてくださいなぁ」

「どうぞ、思う存分に」とマイクを向ける。

 突然、彼らはカメラに向かって

「ミラクル、クルクル、ミラックル!ミラクル、クルクル、ミラックル!ミラクル、クルクル、ミラックル!」

と叫びながら、ラップとも阿波踊りとも言い難い奇妙なパフォーマンスを始めた。最後のシメは両手を左右に振る藤井君の「ホッ!ホッ!」の真似だった。

 人生50年生きているが、取材でこんなに笑い転げた日は初めてだった。

 東京には、こんなキャラのファンは皆無だった。東京のファンはどこかに照れやプライドがあるらしく、マイクを向けられると、どうしてもシャイなマジメ君やマジメちゃんになってしまう。さすが、吉本興業発生の地、関西。コメントもサービス精神に満ち溢れ、気取りもなく、すべてお笑いになっていた。
 
 この二人のおかげで、前代未聞、本邦初公開の貴重なインタビューと映像が取れた。惨敗したが、ヒシミラクルにはこんな純粋で楽しいファンがいてくれたのにも心が和む。

 競馬場は「馬が走る」。だが、時として、1頭の馬を慕う競馬ファンの「心の暴走」を見ることができるのも、また競馬場の魅力である。
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