スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

タニノギムレット引退式

スポンサーサイト

終わったぁ!

今日締め切りの原稿が今、やっと終わった!

800字程度のエッセーで、テーマは何を書いてもいい。でも、この何を書いてもいいが曲者で、実はテーマがあるほうが楽なのだ。

ま、御託並べてもしょうがないが、終わったのは事実。ホッとして、今は何でも許せる気分、充実感で一杯だ。締め切り日が一ヶ月前から決まっているから、もっと早く仕上げておけばいいのに、元来、怠け者の私は土壇場にならないと動かない。

今朝目覚めた時は、究極の焦りとイライラで、何を見ても聞いても腹が立つ。目覚ましテレビの大塚さんが大好きでも、今朝は大嫌い。「何よいい年して、ふにゃふにゃすんなっつうの!」とテレビに向かって大文句たれ、夫が「ママ、今日は夕食いらないよ!」っていう言葉に「ふん!分かってるよ!ワタシャ、飯つくりマシーンじゃねっつーの。いちいち言っていくなっつーの!」とハラワタが煮え繰り返え、洗濯機の終わりのお知らせブザーに「てめー、いちいち、知らせるんじゃねっつーの!」と怒り狂い、ノート型パソコンのふたを思いっきり開けた。

でも、ダメだ。何も頭に浮かばない。手がフリーズして、キーボードの上で硬直状態。仕方なく、ふたを思いっきり閉めたら、小指をはさんで、気絶しそうな痛さ。もう!なんでこんな仕事選んだの?大富豪、それもハンパなく大金もち(例えば、門から自宅まで、車で5分もあるような、西洋のお城みたいな家に住み、年収が100億の奥様)だったら、私は仕事なんかしたくない。中山競馬場でも働きたくない。年もとり美貌で勝負できなくなったので(いや、まだ勝負できるかも)、札束で顔をはたいて、若いチョーハンサム君を侍らかせ、やりたい放題(これはHの意味ではない)、言いたい放題。

そんな、夢見ながら、又もパソコンのふたを開ける。「やるっきゃない!っつうの」と自分に言い聞かせ、キーボードを打つ。不思議。今度は調子いいぞ。「お、このテーマで書こう」とホームページを立ち上げるまでの苦労話が、湯水のごとくテキスト形式の画面の中に溢れてきた。

ここまでくれば、もう後は簡単。たたきができた。後は文章の色づけと整理だ。もう、90%は出来上がったも当然。この瞬間、あのイラだったチョーこえーぇ砂かけババー状態の髪振り乱した私から、いつもの菩薩のような優しく美しい私に戻る。

そして、完全原稿の入稿。終わったぁ!この瞬間がまた、なんともいえない快感。きっと、今大好きなあの美しいジョン・ボンジョビに抱かれた時みたいな快感なのかな。ボンジョビにキスされたら、とろけちゃうだろうな、いや、ボンジョビよりもブラッド・ピッドのキスの方がいいかな、あ、ブラピもいいけど、妻夫木君もいい、竹野内豊君もいい、あ、馬だったら、やっぱ、引退しちゃっておとっつあん業に励んでる、タニノギムレットのキスもいいな、そんな想像を絶するような快感。

だから、原稿書くのは、なんだかんだ言ってもこの終わりの充実感と一人でサイコに喜んでいる自分がいるから、止められない。

お引越し!

週末、作家の戸田杏子さんのお引越しのお手伝いをした。

戸田さんは東南アジアを中心に世界各国を旅行し、各地の動物園を訪れ、動物園で「人間ウォッチング」をしながら、動物園と人との関わりにも興味を広げている。動物園を訪れると、その町の文化までわかってしまうという。また、著名なタイ料理の研究家、料理家でもあり、いつも、お邪魔すると、美味しい本場のタイ料理をご馳走になる。

でも、今回は引越しだったので、さすがにタイ料理は出てこなかった。あたり前だ。調理器具もみんなダンボールの中。でも、新居での打ち上げの冷えたビールの味はもう、めちゃくちゃ美味しかった。

ま、無事引越しは終えたのだが、一つだけ気になっていることがある。それは戸田さんの家族の一員でもある、柴犬の女の子「ひめ」ちゃんのことだ。また、この「ひめ」ちゃんは賢くて、人間の言葉がはっきりとわかる。私が床に寝転んで、「ひめちゃん、おいで、ヨーコとねんね!」って言うと、一目散に飛んできて、私の横に寝そべり、私のふくよかな(?)胸や肩にちっちゃな手を添える。もうたまんなく、キャワイイ!

おどけてくれるのだか、この日だけはちょっと、不安そうだった。やはり引越しが彼女の気持ちを不安定にしていた。新居に到着すると、玄関から飛び出して帰ろうとする。不安そうなその表情が切なかった。戸田さんは「私と一緒なんだから、すぐになれるよ!」と、自分の気持ちをなだめている表情がまたまたつらい。

人間よりも、まず「ひめ」ちゃん。新居で真っ先にホットプレートをだして、「ひめ」ちゃんのために極上の牛肉を焼いている、戸田さんの姿に、マジにやっぱ、動物が好きなんだと、うれしくなってしまった。

人間もお馬も犬もみんな動物は同じ。環境の変化には敏感なのだ。
でも、動物に深い愛情を持つ戸田さんちの「ひめ」ちゃんは、きっとすぐに新居に慣れるだろう。

しかし、戸田さんと私がいると、うっさくて他の人の声が聞こえないって、他のお手伝いの人が言っていたが、明るく、元気に、ぱっぱして、サービス精神旺盛な人ほど、実はデリケートなんだと思うのだが、どうだろう?

カブラヤオーとホームページ

今週は「競馬場のマリリン」公式サイトがやっと出来上がったその日に、我が愛しのカブラヤオーの訃報が届き、混乱とパニックと悲しみと寂しさで、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 6月13日、31歳の誕生日の時にはとっても元気だった。秋風が吹いたら、那須の軽種馬に会いに行こうと思っていた矢先の訃報。人は大往生、人々に深く愛されて、幸福だった、と言う。確かに論理はそうだ。しかし、頭が理解しても心が理解できなかった。まだ、この時点でも、悲しみは変わらない。

 カブと私の出会いは30年も前に遡る。思い出は深く、彼への愛はとても一言では語り尽くせない。いつか、もっと時がたって、心が理解できるようになった時、その思い出を綴ることにしよう。


 しかし、公式サイトが出来上がった日に、カブが死んでしまうとは!カブが「逃げなければ、生きられなかった、オレのこと、皆に語り継いでね!」という遺言を残して、この世を去ったとして、今は自分の気持ちをなだめることにしよう。

 
 競馬、映画、ロックと私の人生に必要不可欠の文化3つにスポットを当てて、立ち上げてみた。全くホームページの知識がなかったので、かなり、大変な作業だった。それぞれのコンテンツには、まだ不足の点、未熟な点があり、今後の更新で楽しみながら、色々アレンジしていこうと思っている。


 ホームページ開設の目的は、「笑いとペーソス」がコンセプトだ。好きなコンテンツに好きなときに入り、好きなことを書けばいい。パンドラの箱みたいに、何がでてくるかわからない。3つのコンテンツ以外のことももちろんかまわない。恋の悩み、仕事の悩み、私が苦しんでいる更年期障害のこと、政治、経済、旅、食など、何の情報がでてきてもかまわない。

 生身の人間の肉声、本音が飛び出してくれれば、もっといい。人々が生きていく上で、必ず、それぞれの文化はクロスしてくるはずだ。ほんの一瞬でも、息を抜いて、リラックスしてくれれば、本望だ。

な~んて、ちょっと私にしては、マジになっているが、とにかく、ホームページが無事開設して、ホッとしている。

サイパンで読書

とにかく、息苦しかった。

狭い空間の中で原稿を書いている自分に嫌気がさし、気分転換に試写に出かけても、帰りの電車のムッとする汗臭い匂いと溢れる人に嫌気がさし、肌にまとわりつくようなジメジメした気候に腹を立て、イラク措置法成立に怒り心頭、チョーむかついて、もう、イヤ、イヤ、こんな日本なんて大嫌い!ついに私の頭はメルトダウン。

発作的にサイパンへ向かった。なぜ、サイパンか?その理由は簡単、海が綺麗だからだ。都会化された、ミニハワイ的グアムの海も好きだが、サイパンの海の方が自然が残っている。

ビーチロード沿いに農耕牛や豚が飼われ、人の良さそうなチャモロのオッサンが餌を与えている姿や、決して大きくない校庭で、チャモロ中学生たちがバスケットボールに興じている姿が目に入ったりと、観光地でありながら、ネイティブとの生活空間も共有でき、気分を落ち着かせてくれる。

4日の夜便で成田を立ち、人気のないサイパン空港からスティするワールドリゾートホテル(旧ダイヤモンドホテル)に直行した。深夜だったのでビールを飲んで爆睡。

翌朝。カーテンの隙間を縫って、目が眩むような幾筋もの枝葉の陽射しが、ミラーボールのように部屋中を踊り始めた頃、私は目覚めた。時計を見ると、8時だ。熟睡した。久方気分がいい朝だ。

ストライプブルーのカーテンを一気に引くと、もう、そこは別世界だ。色とりどりのビーズやスパンコールを散りばめたような波光が煌めく。その美しい水平線を、カンパリソーダみたいな真っ青な空が鮮明に映し出している。

「あー、しあわせ…。やっぱ最高…」

サイパンは8度目なので、もう観光名所のマニャガハ島もPICもいい。

ただひたすら泳いでは飲み、飲んではビーチパラソルの下で読書。

やはり旅は人を大きくしてくれる。日本でイライラし、ゆとりのなかった自分がもうそこにはいない。メルトダウンした頭が少しづつだが、固くなってきた。旅の良さは非日常的空間に自分を持っていってくれる事だ。これはやはり国内では味わうことはできない。たった3時間だけ飛んだだけで、北マリワナ、チャモロの異文化に染まれる。

携帯もメールの受信音も聴こえない。ITがないと、いや解放されたと言っていいかもしれないが、一日がこんなに長かったのかと驚きだった。携帯やメールに費やす時間は結構な時間だったんだと、つくづく思った。

目的意識のない旅だったが、たっと一つだけしたかった事があった。6月中旬に発行された友人で作家の戸井十月さんの著書「カストロ、銅像なき権力者」をサイパンで完全読破する事だった。

戸井さんは一年半前からキューバのカストロに会いたい夢がかない、一方ならぬ苦労の末、去年の末、ついにカストロと出会う事ができた。そのプロセスを詳細に描いた渾身のノンフィクションだ。

キューバ革命は私の中で曖昧としている。カストロの同士、アルゼンチン出身の医者、チェ・ゲバラの存在はあまりにも偉大だ。そして国そのもので言えば、社会主義国でありながら、民衆がとてつもなく平和にのんびりと暮らしている国。「ブエナ・ビスタ・ソシアルクラブ」というキューバ音楽をテーマにした映画がそれを教えてくれた。

そんな断片的知識しかないが、戸井さんのこの作品を読んで、キューバという国が人と也、いや国と也が分かってきた。社会主義国でありながら、もしかしたら、世界類い稀な民主的な国、それがキューバだった。

そんなキューバを設立し、今なお存続させているのは、庶民に崇拝されている司令官フィデル・カストロの存在があってこそのものだった。一人の権力者、しかも、権力者はその象徴のために必ずどこの国でも銅像が立つ。しかし、カストロの銅像はどこを探してもキューバにはない。銅像なき権力者であるカストロという人物に、いつのまにか私も会ってみたい衝動にかられていた。

本文の中に名言がある。「百冊の本を読むより、一人に人間に会え」キューバの諺だそうだ。

せめて夢の中ででもいいからカストロに会えればと、ビーチで午睡についた。

目覚めると、相変わらず波光煌めく美しい南太平洋が目の前に広がり、私を少しだけ成長させてくれていた。

カリブに浮かぶ社会主義国家キューバとは全く違う、半分はアメリカ資本の観光地サイパン島だが、サイパンにいながら、戸井さんの本はキューバの旅までさせてくれた。
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。